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eiko の連句教室<その7>
谷地元 瑛子

 コロナ禍といわれる社会状況に入ったのは2020年3月2日の休校要請からだったと思う。思えばせめて普通に卒業式をしてあげてよかったタイミングであった。その後、いま言うところの第一次緊急事態宣言も出た。ゆったり座を囲み、飲食をともにする連句の座はどう考えても開き難くなった。実座の醍醐味を知っていると、文音は選択肢に入らない。

 そんなとき、「今年もお花見はオンライン、ついては2021年4月18日開催のお花見企画として『オンラインで連句』なる講座を考えてほしいと依頼された。ミネソタ大学の同窓生を中心とするミネソタ会からである。ZOOM会議の機能をつかうので、参加者と対面できる。当日はそれぞれコンピューターのまえに飲み物を用意してパーティーの雰囲気である。九州、長野などから普通だったら出席しにくい方々の参加もあり、あわただしくもたのしいzoom体験となった。
参加者は花の句を幹事さんに出しておいてくださっていたおかげで画面越しながら、視線をかわしあい、噛み合うやりとりができた。 戦後すぐに留学した大先輩から、つい最近卒業した若い人までという参加者に短い時間で伝えられたことはかぎりなく少なかったが、「なんとなくたのしいもの・れんく」という肌感覚をもってもらえただろうか?

ここにその時のレジュメを掲載いたします。

ミネソタ会お花見企画:オンラインで楽しむ連句

はじめに:

 人気の高い「俳句」―この呼び名が明治生まれなのをご存知でしょうか。
それ以前は発句と言いました。みんなでつくる「俳諧の連歌」の出発の句だからです。
 西洋列強に追いつかんとする明治の風は文芸にも及び、時代の子、正岡子規が登場、目の覚めるほど鮮やかな活躍をします。宗匠の下一座を組んで共同制作する俳諧の連歌(略して連句)は西洋近代文学が必須とする個人、個性の発露とは相容れないと見立てた若い彼は「連句は文学にあらず」と一喝したのです。彼は発句のみを文学として認め「俳句」と命名、ここに生まれたのが近代俳句です。
 ひろく人々の敬愛を集めている松尾芭蕉、与謝蕪村、そのほかの江戸期の俳人はすべからく「連句人」であったともいえます。
 学校教育で教えられることもなく、俳句の隆盛の影で細々と伝統の火を繋いできた連句に昨今光が差してきたのですが、その背景の一つに19世紀西洋近代文学の行き詰まりがあります。ジェームス・ジョイスやウラジミール・ナボコフをミネソタ大学で読んだ私には新しいとされた彼らの文学と日本古来の連句が言葉に対する感性においてつながっていることが見えました。別の角度から言えば、ジョイスを嚆矢とする「意識の流れ」を紡ぐ文学はそれまでの近代文学が壮大な虚構世界を登場人物、プロット、テーマを軸に造形するのとは違って、虚実の間を見せてくれる流れる文学だったのです。ジョイス以後、文学と現実の境がなくなったという見方もあります。実は連句も虚実を編み込んで巻き進めます。
 海外の詩人たちには連歌連句を愛する人が増えています。故人を含む人々との交流、すべての命を支える自然への憧憬を何より大切にしてきた日本詩歌の長い伝統が国境を超えて愛されているとしたら嬉しいですね。日本でも、ポストモダンの詩として、また俳句を産んだ母として、たとえ時間はかかっても、やがては多くの人に認知されるよう願っています。

 ここで英語句作の参考に私の好きな花の句を紹介しましょう。梅や梨の花、ミモザも出てきます。

morning breeze—
billows of pear blossoms
float through the sky Hortensia
(朝風や梨花のさざなみ空渡る)

construction site
the hunk in the hard hut
sweeping blossoms Carole
(工事現場花屑を掃くヘルメット)

petal strewn
beneath my eye-lids…
morning kana practice Takajo(translated by ey)
(まなぶたに花ちる朝は字を習ふ)

jump rope
encircles half the petals
of the blossom storm………………Kris
(縄跳び縄まわるよ花の吹雪切る)

drawing us forward
the scent of plum blossoms
on the woodland path Carmen
(森の道梅の香りの先導で)

unexpectedly
mimosa pompoms at once
dispel loneliness Sprite
(いっぺんに寂しさ消えぬミモザの黄)

英語から離れ、江戸の庶民も楽しんだ俳諧の付け合いの現代版を
一寸、あじわっていただければ幸いです。

味わってみよう、三句の渡り:

ひとり吹くトランペットは朝空へ     佐々木幸綱 (前句)
 廃墟にも来よ水のぬくもり       大岡信   (花前)
虫喰いの仁王も浴びる花埃        川崎展宏  (花)

 固い握手に高きさえずり       折原真美
地球抱く壮大な根よ花吹雪       谷地元瑛子
 春曙の国連の旗           大津博山

 かまど見ている耳のうしろ毛     阿部青蛙
まなぶたに花ちる朝は字を習ふ     三橋鷹女
 てふてふひらひらいらかをこえた   種田山頭火

 長句(575)、短句(77)、長句、短句、575、77,575、77と
鎖のように続けてゆく連歌連句は日本らしいことに、前後に隣接する句との繋がり方にも心をくだいて書く詩です。古来西洋の詩が修辞法(暗喩、象徴、寓意、擬人法などなど)を駆使し詩世界を完成させることを思うと隣の句と響き合いつつすすむ連句は親しみやすいと言えるでしょう。

 句と句をどう繋ぐか、どう付けるかには*言葉付け(縁語でつないだり、ときに反対語で引き締めたり)、*場所付け(同じ場所にありそうな事象でつなぐ)、*その人付け(前句の人物像スケッチを添えることでつなぐ)などがあります。
俳句の俳は滑稽や俗に通じる概念、連句の座には人気テレビ番組「笑点」のやりとりに通じるところがあるのです。やや芸能的な付け合いセッションを文芸に高めたのが著名な松尾芭蕉です。彼は最も詩的な付けとして*匂付け*を工夫しました。これは前句の醸す余情余韻にしっかりひたった上で付きすぎず、そこから離れ過ぎず、行間に詩が匂い立つ不即不離の付けのことです。芭蕉は風雅という言葉を使いますが、彼は現代で言うところの「詩」を目指したのです。

 連句の呼吸は日本人の人付き合いに通じます。そもそもつきあいは句を付け合うから来たということも言われます。「挙げ句の果て」という現在でも使われる慣用句は連句の最後の句を挙げ句ということから来ていますし、「脇を固める」は発句の世界をさりげなく補強する2番目の句を脇句と呼ぶところから、「花を持たせる」というフレーズは一巻の中で大切な花の座はぜひあなたに詠んでいただきたいという気持ちの現れから始まったそうです。近代社会に変貌する前、日本の津々浦々で連句が愛され、楽しまれていた証拠です。

 さまざまな付け方を使い一人一人の句を連ねてまるで絵巻か織物のように一歩一歩巻き進めてゆくとき、座はライヴ音楽のような熱を帯び、一座する連衆はひとと親しく交わる醍醐味を味わいます。その昔、宗匠は俳諧興行の中心であるだけでなく一門全員の生き方に影響を及ぼす権威ある存在でした。現在の連句の座ではこの言葉は使われず、捌きと呼ばれています。裁判官の裁ではなく、お魚を捌くの方です。言い換えれば決して「絶対的権威―Dictator」ではなく、出された候補の句群を見定め、相応しい句を選び、治定し、全体を大きな一つの詩としていくナヴィゲーター的存在、オーケストラの指揮者に似ているかもしれません。

ここで皆様からいただいた句を紹介し、その付けをみんなで考えてみましょう。

distant snowy mountains
merging into March breeze
smiles of the blossom
(花の笑み雪山遠くゆらぎけり)

softly the winds stroke
winding me for spring--
its signs everywhere
(頬に風兆しかしこに春に向く)

all blossom-petals fallen...
how fast the green dominates
awakening me
(花散りて萌える緑に目が醒める)

hanging up Minnesota memories--
the famous shoe-tree
on the greening West Bank
(ミネソタの思い出懸けるシューツリー)

註:zoom の時間には制限がありましたが、フレッシュな感性の句は味わい深く、一緒に鑑賞するのに時を忘れました。(言い換えますと、付句をかんがえるところまでたどりつけず!)

最後に芭蕉の連句のさわりを:(註:時間切れによりこの部分は読んでいただくことになりました)

 俳諧の連歌の花の座、誰もが桜をイメージしているのですが、植物としてのサクラを超えて、華やぎの象徴、目だけでは捉えられない命につながる抽象概念に昇華して詠まれることまで期待されていました。「桜」と言わず「花」の字を使います。桜見とは言わず、花見です。
 二条良基という関白であり連歌の大家である人物をパトロンにして大成した能楽師世阿弥は連歌をよくした詩人でもありました。彼の『風姿花伝』は優れた芸術論です。「秘してこそ花」「時分の花」などは日本文化を語るとき引き合いに出される世阿弥の言葉です。ひとすじ風雅の道をきわめようとした芭蕉ですからきっと熟読していたと思います。
 芭蕉の弟子に侍の向井去来がいます。彼は俳諧の席で花の座を持たされ、どうしても「花」ではなく「桜」を使おうとして芭蕉を困らせます。彼には理由があったのです。多分苦笑して芭蕉が認めた去来の花の句を紹介します。(『猿蓑』集、「灰汁桶の」の巻より)

(発句)灰汁桶の雫やみけりきりぎりす           凡兆
(脇句)  油かすりて宵寝する秋             芭蕉
―――中略―――
(第31句) 物売りの尻声高く名乗りすて           去来
(第32句)    雨の宿りの無常迅速             野水
(第33句) 晝ねふる青鷺の身のたふとさよ          芭蕉
(第34句)   しょろしょろ水に藺のそよぐらん       凡兆
(花の座)糸櫻腹一杯に咲きにけり             去来
(挙句)   春は三月曙の空               野水

幸田露伴やその他の連句本に助けてもらい、解説してみます:
 物売りはあわてて帰途につく、雨が降り出したのだ。いっぽう雨宿りする人もいる。禅庵の構えの軒先に入ると目に止まったのが常套句の「無常迅速」。この句を詩眼でみる芭蕉には幽光にたたずむ青鷺が浮かぶ。「その身を尊い」という芭蕉の佳句が最後三句にはずみをつける。凡兆は鷺のいる情景を実相として描く。鷺は完全に眠っているわけではなく、い草もそよぐともそよがないとも微妙である。「妙きわまれり。言語は言語にあらず、生命なり。声字実相の義、ここに現前せりともいうべし。」と露伴はベタほめです。そして花の座。い草の細さに呼応して花とは言わず、糸桜(枝垂桜のこと)としたかった去来です。枝垂れ桜は滝のように宙を流れおち、片側は水辺に触れんばかりです。全身全霊と言わず腹一杯という俗語の力をもって、晴天無風の日にまんまるの輪郭の糸桜が静かに見事に垂れるさまが見え、「庭石の陽炎まで懐かしく思い浮かべられる」と露伴。そして挙句は手柄を狙わず満尾を祝う祝言です。

*英国人と一緒に翻訳した英語版「灰汁桶の」の巻から、名残の裏6句を記します:

a final flourish
the street vendor
bawls out his name    Boncho

at a shelter from the rain
“Mortal and Fleeting is Life”     Yasui

asleep by day
isn’t the blue heron
just so refined    Basho

in the tinkling brook
a single lush would asway    Boncho

the thread cherry tree
burgeon with a
bellyful of blossoms     Kyorai

spring has arrived
what a famous dawn sky    Yasui

the end of text/eiko yachimoto March 24,2021

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追記:(感謝のうちに2021・6月7日記)

ミネソタ大で過ごした日々の思い出はキャンパスを東西に横切る大河ミシシッピーにつながる。私のときにはなかったが、卒業時キャンパスを去る前に履き古したスニーカーをシューツリーにぶらさげてゆくしきたりができているそうだ。その木が立っている場所は私のよく知っている西岸の土手。アメリカの卒業式は5月なので若草が輝く時だ。句のおかげで、思い描くことができた。

長く連句をしていると、ついそれらしい句形に直したくなってしまう。今回
そのまちがいに気づき、書いてくださったままに受け取った。どの順番で
詩歌を紡ぐかは詩因に関わることだからだ。どの句も今年の春を記録してくれた。

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