わくわく題詠鳩の会


鳩ノ会会報96(令和2年3月末締切分)
兼題 鶯・耕し
【Advice】万葉の時代からの和歌題「鶯」に説明の要はないだろうが、心は〈春のさきがけ〉にある。春の到来への期待と喜びが強くて、単に「初音」というだけで「鶯」を指すようになったが、これはやめたほうがよい。鶯にはすぐれた和歌が多いから、俳句もその影響を受けやすいが、それを超える名句といえば「鶯や下駄の歯につく小田の土」(凡兆・猿蓑)か。
一方、「春耕(耕し)」は近世初期まで雑。つまり春季と定まっていない。理由は「田打ち」「田返し」という言葉があって、必要とされなかったから。でも、蕪村のころには春季の仲間入りをして、つまり俳諧題。わたしは「耕すやむかし右京の土の艶」(太祇・太祇句選)がすぐれていると思う。
前回から句の評価にABC三つの符合を用いている。この基準が明快だったのか、今回の投句が底上げされている気がするのは幻想か。
ABCの意味するところは以下の通り。俳句を通し、いざ親和と共鳴を楽しまん。
A:省略が利いて、抒情あきらかな句
B:季感が備わるスケッチ
C:焦点定まらぬつぶやき
A鶯や担任決めの窓の外       窓花
・学校や塾にも春が来ているのだ。
B鶯や隠れる子らを気に留めず   しのぶこ
・「隠れる子ら」が言葉足らずだが、ほしいままに鳴く鶯の声は聞こえる。
B鶯やけん玉の子の脚はずむ   真美
・けん玉には足腰の使い方が大事ということか。
B鶯や参道脇の按針邸       瑛子
・取り合わせ面白し。三浦按針の住居は残っているのだろうか。
B鶯の日暮まで啼く津波跡   梨花
・「古庭に鶯啼きぬ日もすがら」(蕪村・寛保4歳旦)。「日暮まで啼く」のは珍しいことなのだろうか。
B鶯や感染おそれ巣守日々   智子
・ウグイスが感染を怖れることはないと思うが。
C鶯や退院後初ゴルフ場       悠
・「鶯」が題のときは「鶯」だけを詠めばよい。〈退院したら鶯が鳴いていた〉とか、〈ゴルフ場は鶯の声でいっぱい〉というように。
C鶯を待つ日の止まぬ護岸かな   香粒
・「待つ日の止まぬ」が思わせぶり。「鶯や護岸工事が続く町」と写実で行こう。
A耕して腰を伸ばして空青し   鹿鳴
・「空青し」と受けたところが美しい。美しいのは、むろん作者の心のことである。
A親からの引き継ぐ耕馬動かざり   和子
・古風だが、写実と滑稽味ありて面白し。なお、「ざり」は連用形ゆえ、連体形「ざる」とすれば安定感が増す。
A耕すや故郷の土は縄文より   静枝
・「縄文より」という結びは不安定。でも手を加えにくいね。
Aいつまでとなくどこまでも耕せり   啓子
・抒情を統一する意味では〈何時までとなく、何処までとなく〉ではなかろうか。
B耕人の微笑みながら手を上げて   ひろし
・この場合の「て」(接続助詞)留めは、上五に連結しないので不安定。
B春耕や堰に陣取る四手網       ひぐらし
・田や畑の傍に川があることは多い。その堰に四つ手網はよく似合う。獲物は鮒か鰻か、それとも海老か。ただし、春耕が題のときは春耕だけを詠むべし。四つ手網(夏季)に引っ張られて、本題が疎かになった。
B足跡の乱るる初心耕運機   千年
・「初心」の位置が悪く、「乱るる初心」と読んでしまう怖れあり。「初めての耕運機」と耕運機につないだ方がスッキリ。
B春耕やひと鍬ごとの土のこゑ   ちちろ
・表現に無駄なく安心して読めるが、「土のこゑ」は古風。つまりリアリズムに欠ける。
B春耕に天より落つる小雨かな   貴美
・「小雨」だから、「天より落つる」は無駄。
Bカラスまつ屋上菜園耕す子   光江
・「屋上菜園」だけを詠めばよい。語法上は、まだ先の収穫をカラスが待つとも、子どもがカラスを待つとも取れる。長い時間を描くのは難しい。
C耕しの巡りあはせよビル狭間   憲
・どんな「巡りあはせ」なのか、なぜ「ビル狭間」なのか難解。
C葬出しし家も耕し始めたり   由美
・葬式と耕し、つまり頭が二つある。それなら、二句に分けた方がよい。「葬出しし」の最後の「し」がわからない。
《番外篇》
A海峡を跨ぐ大橋陽炎へる       海星
・今回の季題に「陽炎へる」はないから、何かの勘違い投句か。しかし、姿は整っているので紹介します。一般に大景を詠むのは難しく、はかなさを本意とする陽炎の効果は今後の課題か。


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