白山俳句会会報 No.42 (連句体験)

白山句会 白山句会報第42号 (連句体験)

  □日時 2019年12月8日(日) 13:30~17:00
  □指導 谷地快一(海紅)
  □会場 宋雲院(台東区東上野)
 
 今回は「連句なんてこわくない」をテーマに、連句体験をしました。俳句と連句は別物ではありません。俳句は今も連句の発句(第1句)です。吟行で目にふれたものに触発されて俳句を詠むように、連句も前句と向き合うことから生まれる自己表現。両者に少しも違いはないのです。誰にでも、それが分かる遊びに挑戦し、誰にも退屈させない運営を工夫しました。


〈 当日の展開 〉

 聞いた話を真に受けてよいなら、大方の人が面白がってくれたようだ。内藤氏であったか、「これは俳句以前のことば遊びとして、高齢化社会に向かう、さまざまな会席を含めて有効な、知的ゲームになるのではなかろうか」という感想をもらしていた。この言葉が今も耳に残っている。

 配布したものは次の3点である。
1,「焚き火の輪」面六句とその座談のプリント。付句を思案し、話し合う様子を想像してもらうためである。
2,故伊藤無迅氏の「立ち上がる被災の宿の実千両」(『芭蕉会議選集』)を立句(たてく)とする懐紙。(懐紙には、季と恋、自他場の欄を設けたが、その解説は、混乱を避けるために、次回以降に回すことに)
3,「古典で一番基本的な季寄せ」(海紅編)。辞書は共有できるものが、季語は少ない方がよいと考えたからである。

 まず、すこし連句を知っている人をとりまとめ役と定めた。すなわち、智子・うらら・はな:泰司・しのぶこ・由美・真美・喜美子の8人のテーブルを用意し、同時に、この指止まれ方式で、3吟(3人1組)を原則に、どこかのテーブルについてもらった。これで、チームAからチームHまで、全8チームが成立した。
そして、連想の手掛かりとなる発句(立句)は8組とも同じだが、その結果(脇句)は8チーム8様となるだろう。だが、そのすべてが正解なので、肩の力を抜いて遊んでくれるようお願いした。

 付句(脇)をいただく前口上として、次のようなことを話した。
今日12月8日は真珠湾攻撃(日本の宣戦布告)の日で、アメリカでは慰霊祭が行われているはず。一方、日本では毎年8月6日の広島と9日の長崎で「過ちは二度と繰り返しませんから」と祈りながら、無条件降伏の15日を迎える。戦争終結から75年も経つのに、このアメリカと日本のふたつの鎮魂式を、ひとつの会席(座・場)でおこなう寛容はどうして育たないのか。親和(共振・融和)の文芸である俳諧を生涯のテーマにしたボクは、大まじめにそれを願う。
 一方、つい先日、中村哲さんが痛ましくも銃弾に倒れた(無迅氏と同年)。氏には「必要なものは武器ではなく、水と緑である」という哲学がある。川や井戸を作り、畑を耕すことができれば、花が咲き、虫が啼く。花が咲いて、虫が啼き、土壌が肥えれば、衣食住が満たされ、文化が育つ。この文化が、ボクらに人生の仕合わせが何であるかを教えてくれることは、歴史上明らかなことである。
 いや、文化という贅沢などは、お金と余暇(時間)ができてからでよいと考える人は、最後まで人生の豊かを味わえない。文化とは、苦労して働いているときに身につくものだ。今日の座(会席)の文芸をぜひ愉しんでほしい。
 ところで、脇句を考えていただくにあたり、昔から発句と脇は挨拶の関係にあると説く点に一言。挨拶の関係にあることは間違いないが、その挨拶を「こんにちは」「やあ、こんにちは」という日常のものと思っている人は考えを改めてほしい。
 挨拶とは日本語ではなく禅語である。すなわち、自分の心をひらき、相手の心を推量すること、これが挨拶。脇句は発句の世界の深奥を推し量る作業である。第3以降も基本的にはこのような態度で臨むのが好ましい。このように、日常の手垢にまみれた言葉を、本来の意義に戻すことを芭蕉は「俗語を正す」(『三冊子』黒)といっている。
 こののち、各チームは脇句の話し合いに入り、その候補をボクが確認して先へと進んだ。その成果は以下の通りである。


〈 当日の展開 〉

チームA
発句: 立ち上がる被災の宿の実千両 無迅
脇 : 真赤なホッペと燃ゆるストーヴ 静枝
第3: 焼き芋の匂ひここまで芳しく 妙子
第4: 茶道倶楽部にまだ声がする 智子
第5: 背な押せばブランコゆれる月ゆれる  静枝
第6: 銀杏並木に腰をかがめて 妙子
会者:尾見谷静枝・田村妙子・村上智子
チームB
発句: 立ち上がる被災の宿の実千両 無迅
脇 : 障子開ければひろびろと海 馨子
第3: 留学の子が金髪を連れて来て 海紅
第4: マトリョーシカのルーツ説きをり うらら
第5: 古書店の棚に届きし月明かり 馨子
第6: 生き残る蚊が耳元にまた 海紅
会者:佐藤馨子・宇田川うらら・谷地海紅
チームC
発句: 立ち上がる被災の宿の実千両 無迅
脇 : 笑顔が囲む鍋は鮟鱇 光江
第3: 真つ青なスーツでパリに降り立ちて  はな
第4: 皿を包める浮世絵もあり 梨花
第5: 漱石の猫も見上ぐる窓の月 光江
第6: 城址の堀に紅葉明るく はな
第7: 案じをり菊人形は筆を持ち 梨花
会者:青柳光江・金子はな・根本梨花
チームD
発句: 立ち上がる被災の宿の実千両 無迅
脇 : 内儀差し出すしもやけの指 邦雄
第3: たまに弾くピアノの音のかすかにて  泰司
第4: 猫をのせたる麗人の膝 悠児
第5: 過ぎし日の文読む手もと窓の月 邦雄
第6: 人気のなくて刈田ひろがる 泰司
会者:内藤邦雄・相沢泰司・加藤悠児
チームE
発句: 立ち上がる被災の宿の実千両 無迅
脇 : 霙のなかをボランティア着 しのぶこ
第3: 船旅を途中で終へて戻り来て 京子
第4: 記憶の声にほつと息つく 香粒
第5: 今日のミス忘れてしまへ丸い月 しのぶこ
第6: 芒の原を自転車がゆく 京子
会者:大石しのぶこ・森田京子・鈴木香粒
チームF
発句: 立ち上がる被災の宿の実千両 無迅
脇 : 三平汁の仕度始まる 由美
第3: 給食の鍋はこんなに大きくて 海紅
第4: ガキ大将が口笛で呼ぶ
第5: 悪者を倒すアニメに月高し 由美
第6: ススキを知らぬ碧眼と行く 海紅
第7: 故郷に文託したき渡り鳥
第8: 内緒で買つた香水をつけ 由美
会者:西野由美・谷地海紅・月岡 糀
チームG
発句: 立ち上がる被災の宿の実千両 無迅
脇 : 冬籠もりして励む編み物 真美
第3: 迷ひ子は玩具売り場に遊びゐて 美雪
第4: サイレンが鳴るパトカーが来る 美知子
第5: 教会の鐘の真上に望の月 真美
第6: ほほばる如く桐の実は裂け 美雪
第7: 雁渡る去りゆく人は去ればよい 美知子
第8: 酒酌みかはし戻る恋仲 真美
第9: ほつれたる羽織の紐に口紅が 美雪
第10: 旅の役者に終はる境涯 美知子
会者:梶原真美・谷 美雪・椎名美知子
チームH
発句: 立ち上がる被災の宿の実千両 無迅
脇 : 句帳に残す雪のみちのく 右稀
第3: 本殿の百畳の間に寝ころびて 春代
第4: カラオケ仕込みの唄の数々 喜美子
第5: 月明が見守る一人終電車 右稀
第6: 不意に切なく香る稲穂よ 春代
第7: 又来ると宙返りしてツバクラメ 喜美子
第8: ラインの返事待ちわびてをり 右稀
会者:山崎右稀・備後春代・尾崎喜美子


このサイトについてサイトポリシー