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参考資料室
連句を楽しむ その十
市川 千年

   宇宙連詩 星があるの巻

  ぼくのなかには星がある
  ずっとむかしのことを思ったりすると
  からだじゅうがむずむずしてくる
  きっとぼくに入る前のことがなつかしくなって
  星がピョンピョンはしゃいでいるにちがいない
              的川泰宣・JAXA宇宙教育センター長

  星のなかでは水がゆれている
  その水は ともしびをかかげていた
  ともしびは にんげんたちの しんぞうだった
                       大岡信・詩人

  軍服の肩に飾られる星 国旗にずらりと並ぶ星
  レストランの格付けに駆り出される星
  失神する主人公の頭上に飛び散る漫画の星
  天上の星と違って地上の星たちは忙しい
  ときにエトワールの座を競いあって
                     谷川俊太郎・詩人
  大岡信氏が、日本伝統文化の連歌・連句を発展させて生み出した形式「連詩」。それが、宇宙規模の作品として完成したのがこの「宇宙連詩 星があるの巻」である。連句でいえば、発句、脇、第三の三篇の詩しか紹介していないが、全二十四詩からなっている。二〇〇七年七月六日〜二〇〇八年二月八日、大岡氏を裁き手に、インターネットによる一般公募を基本に、中国、インド、ルーマニア、韓国、ニュージーランド、インドネシア、オーストラリア、ウズベキスタン、ネパールの詩人からの寄稿で編まれていった。
  「宇宙について、地球について、生命について、国境、文化、世代、専門、役割を超えて共に考え、「連詩」を通して協働の場を創出していこうという試み」で、作品のDVDディスクは、二〇〇八年三月に土井隆雄宇宙飛行士により、国際宇宙ステーション(ISS)「きぼう」に搭載されたそうだ。(宇宙航空研究開発機構監修『宇宙連詩』メディアパル)
  ちなみに今年五月、地球に無事帰還した若田光一ISS船長は、宇宙航海中こんな自作の俳句を地球にメール送信していた。(寺門邦次「若田さんの宇宙俳句」『文藝春秋』二〇一四・六)
   月飾る 蒼い大気と宇宙(そら)の闇
   冬雲の 影走る海 日暮れ前
   貨物機の 地球の香り 青りんご
  約四百キロメートル上空の、九十分に一回地球を回っているISSの宇宙飛行士と連句が巻ける時代はすぐそこに来ていると感じるのは私だけか。日本上空のISSから発句を示し、インターネットで脇句を公募。再び頭上に来る九十分後に捌きの宇宙飛行士が脇句を治定公表。次にまた第三を・・・と宇宙版曲水の宴・歌仙行も夢ではない・・・
  お金のかかる話はこれぐらいにして、時代を昭和に戻そう。飯田蛇笏門の禅僧中川宋淵の歌仙について。
  「中川宋淵(なかがわそうえん) 俳人。明治四〇(一九〇七)三・一九〜昭和五九(一九八四)
  三・一一、七六歳。山口県生れ。本名、基。東大卒業後、昭和六年、山梨県塩山の向岳寺で
  得度。
  のちに山本玄峰老師の法灯を継承し、静岡県三島市の臨済宗龍沢寺の住職となり、
  アメリカで禅 宗の布教を行う。俳句は飯田蛇笏に師事し、『雲母』同人。
  句集『詩龕』(昭11)『命篇』(昭24)『遍界録・古雲抄』(昭56)。
  句「ひたすらに風が吹くなり大旦」(『俳文学大辞典』角川書店)。
  宋淵氏は渡米するに際して「米国は原子爆弾を作った。自分は精神の原子爆弾を土産に持参する」と言ったというが(能勢朝次「宋淵の『命篇』」、『雲母』昭和二四・六)、その宋淵氏と『雲母』京都支社同人・野田秋牙氏(明治四三〜昭和三五 京都府立医大解剖学教授)との両吟歌仙が、『命篇』の「輪廻抄」に収められている。

         空爆諸亡霊を弔ひて
   春風となる焼あとの子供たち    宋淵
    中空にある如き囀り        秋牙
  で始まる歌仙の名残のウラの折立からは、
   春惜しむ口に紅さす物がたり    牙
    さゝやき合うてたそがるゝ石    淵
   洛北の冬ざれひとりめぐり来て   〃
    柚風呂の香に無事をたのしむ  牙
   読み返すローマ帝国興亡史     〃
    曇ることなき部屋の姿見      淵
   食を待つうからはらから一列に   〃
  と非常に軽やかで味わい深い運び(付合)が続く。
  連句の魅力の四点をここであげておこう。○一句としての独自性、その面白さ、○前句と付句とによって描き出される「付合」の面白さ、○打越・前句の世界から、付句と前句との世界がいかに世界を変えてゆくか。その「転じ」の面白さ、○ 以上の結果としてもたらされる、全体的な展開の面白さ
(宮脇真彦『芭蕉の方法 連句というコミュニケーション』角川選書)
  これらの視点を踏まえて少し鑑賞すると、「春惜しむ口に紅さす物がたり さゝやき合うてたそがるゝ石」は恋の趣、一転「洛北の冬ざれひとりめぐり来て さゝやき合うてたそがるゝ石」は古都京都の石庭へ誘われていく。同じように、「読み返すローマ帝国興亡史 柚風呂の香に無事をたのしむ」では戦後すぐのほっとした思いが感じられるし、「読み返すローマ帝国興亡史 曇ることなき部屋の姿見」は、かけがえのない家族に思いが至るのである。
  さて、このすばらしい歌仙は次のように満尾している。
   黒潮の香のふるさとの花便り    牙
    又春風となりし焼けあと      淵
  連句の基本は「三十六歩一歩も帰らず」。宋淵氏が発句と
同じ言葉を使って輪廻の挙句とされたことは、少し残念であった。

* 宇宙版曲水の宴のアイディアは、日本最初の宇宙飛行士毛利衛氏がスペースシャトルで行なった宇宙実験(新材料創製実験)を米国アラバマ州にあるマーシャル宇宙飛行センターから指示された鈴木朝夫博士(元高知工科大学副学長)からの御教示による。秋牙氏の略歴については、俳句文学館の図書部の方にお世話になった。この場を借りて厚く御礼申し上げます。

(俳句雑誌『蝶』209号(2014年9・10月))