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参考資料室
連句を楽しむ その二
市川 千年

 私は今連句を二つの会で楽しんでいる。一つは前回取り上げたああの会。三年余り前に東京から高知に戻ってからは、月一回の例会への参加は難しくなったが、文音(メール)で川野蓼艸先生を捌きに連衆七、八人で歌仙を巻いている。
 「蛍火を包めば指の透くことよ 蓼艸」を発句として昨年八月十四日から始め、五十日間で満尾した文音歌仙「深層海流」の巻の表六句目から裏三句目までをあげ、それに対する蓼艸先生の解説を引用させていただく。(連句誌『れんぎおん』2013・冬・80号参照。( )内の用語の説明は市川追記。『連句辞典』東京堂出版参照)

   煉瓦通りに小鳥来るはや     西川なほ
   南瓜はネ魔女の呪文で馬車になる  竹林舎青玉
    酒杯並べる愛までの距離     市川千年
   青天に真白きシーツ翻へし     瀬間文乃
  
 「なほさんがこれからパリに立つというのに《煉瓦通り に小鳥来るはや》と折端(おりはし・各折の表裏の面に記される一番最後の句の呼称。但し、名残の折の裏の最後の句は挙句と呼ぶ。)をよこされた。軽い巧みな付だ。
  ウラに入り恋の呼び出し(その句一句だけでは恋の句とは考えられないが、何となく恋の余情、余韻の示唆するところがある句を「恋の呼び出し」という。)になっても結構と連衆に発信したら青玉さんが《南瓜はネ魔女の呪文で馬車になる》と返してきた。
  前句の軽い調子を受けてお伽噺の世界を現出された。言わずと知れたシンデレラの話である。ネでもってメルヘンの世界が広がる。
  さて相手の王子様であるが、これは簡単にはいかぬ。彼はシンデレラに夢中なのだがシンデレラはそれに気づいてくれぬ。それは王子ではなく王子の家来の髭を生やした中年の伯爵なのかもしれない。彼は酒に浸り連日酒杯を並べる。
 文乃さんがここでこのシンデレラを強引に仇っぽいハイミスにしてしまう。
  《青天に真白きシーツ翻し》、彼女には既に恋人がいる。彼女にぞっこんな中年男の伯爵なぞ見向きもせず、青天に真白いシーツを翻す。別な恋人との情事の誇示である。文乃さんはこういう恋句(恋の句は人情の句の最たるもので、一巻の中に恋の句が詠まれていないと、その巻は不完全なものであるといわれる程で、連句では月・花と同じく大事なものとされている。)は訳ないらしい。・・・・・」

 ちなみに私の「酒杯並べる愛までの距離」は、最初「秘酒酌み交はす手のひらの距離」として付けたのを捌きの蓼艸先生が斧正し治定したもの。ハーレムの王様が酒浸りのさえない中年男にされてしまった。そういえば、「太宰さん森さん拝み職安へ」という私の句(注・三鷹にハローワークがある)に文乃さんが「年上女房家を出たまま」と恋の句を付けたこともあったっけ。ああ、捌きやお姉さま方の厳しいご指導がありがたい。
 さて、もう一つの会として「芭蕉会議」(www.basho.jp/)を紹介しよう。主宰は谷地快一・東洋大学文学部教授(俳文学・ 近世俳諧)。『連句辞典』の編集委員でもあった先生で、俳文芸同好の人が集まる場、創作と研究を一体と考える人々の饗宴(Symposion)の場をと考え、平成十八年に芭蕉会議を発足された。
  パソコンで「芭蕉」と入力すると「芭蕉会議」がひっかかり、覗いてみて「これは連句人には願ってもない会だ」と即入会したのが平成十九年。以来、連句会はもちろん、句会、論文を読む会等々で谷地先生の学問の成果の一端を味わえる至福の時を楽しんでいる。
  連句会は、東洋大学のある地(文京区白山)から、白山連句会とし、会場は芭蕉会議のサイトに設けられている。メールでやりとりするのと同じだが、誰がどんな句を出し、捌きがどの句をとり、どう斧正し、治定したかの記録、起承転転と運ばれてゆく連句の制作過程まで収納され、公開されているので、興味のある方はご覧あれ。不肖千年が捌きとして七転八倒している楽屋裏を覗かれることになるわけだが、「なるほど連句はこんな風に作っていくんだ。こんな決まりがあるんだ。」という参考にはなると思う。
  谷地先生(俳号・海紅)と昨年巻いた両吟歌仙「早春の」の巻も白山連句会に収納されているが、その名残のオモテ五句目からは次のような展開になった。

  かげろふの羽てふ紙を漉いてをり  千年
    マスクをすれば皆小町なり    海紅
   様々に品を変へてもあきまへん   千年

 説明は省く。「さまざまに品変りたる恋をして」(凡兆)に、「浮世の果は皆小町なり」と芭蕉が付けた『猿蓑』の市中歌仙はあまりに有名だが、そのもじりであることはお分かりいただけると思う。

  床ふけて語ればいとこなる男   荷兮
    縁さまたげの恨みのこりし   芭蕉
        (『冬の日』「はつ雪の」の巻)

    遊女四五人田舎わたらひ    曾良
  落書に恋しき君が名もありて   芭蕉
      (おくのほそ道「馬かりて」の巻)
 
  あげればきりがない。芭蕉は恋句の名人でもあった。

(俳句雑誌『蝶』201号掲載(2013年5・6月)