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論文を読む会議事録
穂村弘さんのプロフィール&25首 江田浩司

 一九六二年札幌生まれ。上智大学文学部英文科卒。86年第32回角川短歌賞次席。88年歌誌「かばん」入会。90年第一歌集『シンジケート』。92年第二歌集『ドライドライアイス』。00年短歌入門・評論『短歌という爆弾』。01年連作歌集『手紙魔まみ、夏の引越し(ウサギ連れ)』。02年エッセイ集『世界音痴』。02年詩集『求愛瞳孔反射』。05年エッセイ集『現実入門』。07年短歌評論集『短歌の友人』伊藤整文学賞受賞。その他、著書、共著、絵本の翻訳など多数。08年「楽しい一日」で第43回短歌研究賞受賞。現代歌人協会理事。

 体温計くわえて窓に額つけ「ゆひら」とさわぐ雪のことかよ
  子供よりシンジケートをつくろうよ「壁に向かって手をあげなさい」
「猫投げるくらいがなによ本気だして怒りゃハミガキしぼりきるわよ」
「キバ」「キバ」とふたり八重歯をむき出せば花降りかかる髪に背中に
「酔ってるの?あたしが誰かわかってる?」「ブーフーウーのウーじゃないかな」 ワイパーをグニュグニュに折り曲げたればグニュグニュのまま動くワイパー
  卵産む海亀の背に飛び乗って手榴弾のピン抜けば朝焼け
  ほんとうにおれのもんかよ冷蔵庫の卵置き場に落ちる涙は
  ハーブティーにハーブ煮えつつ春の夜の嘘つきはどらえもんのはじまり
  サバンナの象のうんこよ聞いてくれだるいせつないこわいさみしい
「自転車のサドルを高く上げるのが夏をむかえる準備のすべて」
  桟橋で愛し合ってもかまわないがんこな汚れにザブがあるから
                              以上『シンジケート』
「なんかこれ、にんぎょくさい」と渡されたエビアン水や夜の陸橋
  眼鏡猿栗鼠猿蜘蛛猿手長猿月の設計図を盗み出せ
「腋の下をみせるざんす」と迫りつつキャデラック型チュッパチャップス
  アトミック・ボムの爆心地点にてはだかで石鹸剥いている夜
  夏空の飛び込み台に立つひとの膝には永遠のカサブタありき
                           以上『ドライドライアイス』
  目覚めたら息まっしろで、これはもう、ほんかくてきよ、ほんかくてき
  恋人の恋人の恋人の恋人の恋人の恋人の死
  いつかみたうなぎ屋の甕のたれなどを、永遠的なものの例として
  整形前夜ノーマ・ジーンが泣きながら兎の尻に挿すアスピリン
  二週間にいっぺんくらいライオンの体重を云うよ NHKは
  ハロー 夜。ハロー静かな霜柱。ハロー カップヌードルの海老たち。
「凍る、燃える、凍る、燃える」と占いの花びら毟る宇宙飛行士
  降りそそぐ清めの塩のきらきらと世界へもどる道を埋めて 
                    以上『手紙魔まみ、夏の引越し(ウサギ連れ)』
                作品はすべて03年刊ベスト歌集『ラインマーカーズ』より抜粋