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参考図書室

『季語の研究』―「雨」によって日本人の四季観をみる―   中 里 郁 恵

はじめに

私が「季語」について研究したいと考え始めたのは、俳句や和歌について学んでいくと、そこには季節のことばが使われており、そのことばの表現におもしろさを感じたからである。そして、日本人の四季の感じ方や、表現の豊かさを感じられるからである。
例えば、「雨」ということばにしても、たくさんの表現が使われている。そういったことについて、季節によって変わる、表現の違いや使われ方を調べていきたいと考えている。
「季語」について研究するにあたって、「季語」とはどういったものなのかを調べて行くことにした。
まずは先行論文として、「『國文學―解釈と教材の研究―』「季語の行方」特集・俳句の争点ノート 宇多喜代子 學燈社」を参考にし、問題点と改善点を述べていきたい。
この論文の中に、「季語」と「季題」という項目があった。まずはこの違いについて調べてみることにした。
『日本国語大辞典』によれば、どちらも「連歌・俳諧・俳句などで、四季おりおりの季節感を表すためによみこむ」ものであると述べられている。また、「季語」という言葉を最初に用いたとされるのは、明治四一年に大須賀乙字とされている。「季題」のほうは、「明治四一年ころ、河東碧梧桐らの日本派の俳人によって用いられたのが最初」と書かれていた。しかし、宇多喜代子氏の論文では「最初に用いたのは森無黄であり初出は明治三六年」と論じられている。さらに、「俳言」についても調べたところ、「俳言」は、「俳諧に用いられる語。俳諧に用いて、和歌や連歌などには用いない俗語・漢語などの称。」と、されている。「和歌」では「和歌をよむ時だけに用いられる言葉」の「歌語」が使われる。
気になった点としては、「無季俳句」である。連句では季節が変わる前に「雑の句」をよむことがあるが、これは全体を続けていくことに用いられ、全体を見てみると、連句の中には「季語」が詠みこまれている。しかし、俳句を単独で行う時に、季語が存在しない「無季俳句」と言うものがどういったように現在使われているのか気になった。また、「季語」という言葉の概念がない時代の俳人たちの俳句に、「無季俳句」が存在しているのかどうかが気になったところである。
これらのことを含め、「季語」についての研究をしていきたい。



第一章 季語

 まずは、「季語」がどのようなものであるか調べていきたい。
「季語」とは、はじめにも述べたように、「連歌・俳諧・俳句などで、四季おりおりの季節感を表すためによみこむ(『日本国語大辞典』小学館)」ものである。また、「『俳文学大辞典』(角川書店)」では「季を具体的に表す言葉が季語である。」とあり、「古くは、「四季の詞」「季の詞」「季詞」といい」「季を表す詩語」であった。
そこでまず注目するところは、俳句より以前の俳諧が行われていた時代である。この頃は、連歌のように雅なものではなく、庶民が楽しめるものとして生まれた連句が行われはじめた。「『國文學―解釈と教材の研究―』《俳句レッスン》特集・俳句の争点ノート 坪内稔典(學燈社)」で、坪内稔典氏はこう書かれていた。
俳句以前の時代には、発句において季語がだいじだったし、連句においても四季の句や花、月の句が重要だった。でも、連句の場合は、季語を用いない句も恋の場面などでとても有効だった。つまり、俳諧の時代には四季の句と無季の句が併存していた。ところが、連句を作らなくなった近代では、いきおい季語の比重が増したのである。
このように、連句には決まりがあり、「月」や「花」などを入れて詠まなくてはならない場所がある。そして、同じ『國文學―解釈と教材の研究―』の中で坪内稔典氏は、「季語が俳句の存在理由になった、ということもある。元来、俳句は、和歌が用いない俗語による詩歌であった。正確に言えば、雅を俗によって相対化することで、和歌とは違う詩境を開こうとした」といい、俳句にとっての季語の役割を、和歌と俳句を分けるものとして述べている。
またここでは、季の移り変わりが生じ、その際に「雑の句」を入れて詠まなければならない連句をつくる決まりを出している。それによって、連句は一つの作品で四季を楽しみ、季の移り変わりを表現していったのである。
また、短歌は「近代においては、和歌が短歌と名を変え、雅俗の垣根をとっぱらってしまった。子規の短歌における主張もそうだったが、どんな言葉を用いてもよくなったのだ」とあり、「そうすると、おのずと俳句の存在理由が希薄になる。そこで、発句の条件となっていた季語を専ら磨き、季語を俳句の存在理由にするようになった。もちろん、季語は、元々は『古今和歌集』などに由来しているのだが、短歌には季語がないため、俳句がそれを占有したのだ。こうして、俳句は、季語を核にした四季詩のようになった。」と、「『國文學―解釈と教材の研究―』《俳句レッスン》特集・俳句の争点ノート」には述べられている。しかし、現在でも和歌や俳句に「季語」は必要とされているのではないか、と私は考える。
では、季語が最初に現れはじめたのはいつなのだろう。『俳文学大辞典』では「『万葉集』では自然に対する感情が深く影を落としている」とある。このことから、「季語」は古くから日本人の季節感に強く根付いていると考えられる。まさに、日本文化の一つとして見てもよいのではないだろうか。 
さらに、「縦題」と「横題」について『俳文学大辞典』より調べた結果、「和歌・連歌以来の伝統的季題を縦の題」といい、「俳諧で新しく設けた季題を横の題」と呼んだのである。また、『俳文学大辞典』の「季語」の項目では「生活の諸相全般に詩領域を拡大した俳諧は、現実に即応して季の帰属に改変を加えつつ、季語の増加に拍車をかけ、幕末の『増補改正俳諧歳時記栞草』搭載の季語数は三四二〇余に及んだ」とある。つまり、俳諧以前の時代から、俳句の時代になって「季語」の数が増えていったのである。
このようなことから、俳句に「季語」を詠むことが成立していったのではないのだろうか。
しかし、「季を表す詩語としての季語は、四季の変化に富み奇物陳思の伝統を負う日本の文学風土の中で、作者と読者との共通理解を媒介し、俳句の様式性を支える核としての効用を発揮してきた。(『俳文学大辞典』)」という「季語」であるが、現在は「科学文明と都市化の進展に伴う季節感の喪失と、国際化の波の中で、季語がどこまでその効用を担い得るかは、今後に残された大きな問題であろう。(『俳文学大辞典』)」とされている。その問題の中に、「無季俳句」ということもあげられるのではないだろうか。「季語」について調べていくと、ほとんどの人が「無季俳句」を出してくることが多かった。「季語」を研究している論文では、「無季」を出し、「季語」について論じている、という傾向が見られたのである。さらに「『國文學―解釈と教材の研究―』《俳句レッスン》特集・俳句の争点ノート」には、
若者はほとんど季節に関心を持たないということ。肉体という自然が充?しているからだろうか。自然に関心が向き、そして俳句でも作ろうかと考えるようになるのは、多くの場合、中年になって肉体の衰えを感じるとき。肉体という自然が衰えたとき、人は季語によって構築された虚構の世界にやって来る。
とあり、季節にあまり関心のない人が増え、「季語」に興味を持つ若者が少なくなっている傾向が見られるからではないのだろうかと考える。
このことから、次章では「無季」について述べていきたい。