俳文学研究会会報 No.58   ホーム

日時 平成22年4月25日(日)
場所 東松山吟行

◎特選句 数字は選句数

― 谷地海紅選 ―

◎牡丹園囲むつつじが目立ちけり 宏道
 ピンクのティシュ丸めたよう牡丹咲きそう 由美
 葉桜の車窓は生まれし町を過ぐ 文子
 連なつて一日歩く八重桜 正浩
 重すぎる夢を抱えて牡丹かな 良子
 牡丹咲く望遠レンズ一杯に はな
 麗かや境内に売る山野草 ひぐらし
 体内の襞を思はすボタンかな 酔朴
 嵐山の春深呼吸して旨し つゆ草
 誰も見ぬ菫の側を通り過ぎ 宏道

互選結果

青空を芽吹きの音の降つてくる 正浩 1特選
蒼天にさざ波立ちて緑燃ゆ ふみ子 3特選2
木漏れ日のベンチにひとり花みづき はな 1
風光る土手を一気に登りけり いろは 4
絶え間なく誰かを呼んでるほうほけきよ 美智子 1
牡丹の大きな蕾風を待つ 海紅 1
葉桜の車窓は生まれし町を過ぐ 文子 2
咲き頃を定めてゐるらし牡丹の芽 かずみ 3特選3
牡丹園六千株の芽吹きかな 芳村 2
重すぎる夢を抱へて牡丹かな 良子 2特選
何処かな牡丹は観たが焼鳥は 失名 1
蒼天の風の撫でゆく梨の花 酔朴 2
陽光に牡丹蕾もほほ笑んで ふみ子 1
亀鳴くやその後のこと伝はらず 修司 1
新緑のやはらかき風さやさやと 朝美 1特選
手のひらをつつじじゆうたんはね返す 酔朴 3
白牡丹濁世を知らぬ蕾かな つゆ草 1特選
つばめ舞ふ箭弓神社の棒の絵馬 支考 2特選
冷たさの頬に残れる牡丹かな 富子 1
年々の開化日記す牡丹かな 千寿子 1
若芝に寝れば子供のころの顔 海紅 3特選
夏鶯声は流れに添ひてくる 文子 2
落花舞ひテニスコートに声高し かずみ 1
麗かや境内に売る山野草 ひぐらし 1
真暗な神官結所目かり時 無迅 1
順番をゆづつて咲きし山桜 良子 1
嵐山の春深呼吸して旨し つゆ草 2特選
散る時を知りて咲くとか大牡丹 千寿子 1
稜線をやはらかにして春の山 良子 7特選
嵐山は白たんぽぽの揺るる里 文子 1
その人も蝶も来てゐる牡丹かな 海紅 2特選
薄化粧てふ名の牡丹片思ひ 無迅 2特選
光あり花の四阿女の影 瑛子 1
牡丹や人買ひの来る日暮時 修司 3特選

 

参加者 

谷地海紅 奥山酔朴 三木つゆ草 米田かずみ 大江月子 宇田川良子 小出富子 水野千寿子 安居正浩  平塚ふみ子 根本文子 中村美智子 菅原宏通 伊藤無迅 大原芳村 金子はな 義野支考 吉田いろは ひぐらし 小川朝美 小川修司 西野由美 谷地元瑛子 柴田憲(欠席投句) 

 

「おてもと句会」(席題「木の芽」・・嵐山吟行句会の二次会で)

良き出会ひ良き酒のあり木の芽和へ 正浩 12
自転車に妻を乗せたる木の芽風 芳村 11
石段を三段とびす木の芽風 良子 11
黄金酒空けて嵐山木の芽風 ひぐらし 10
木の芽風梢の先も浅葱色 こま女 6
木の芽風遠き昔の恋の風 ふみ子 5
カラフルな指付き靴下木の芽風 文子 4
木の芽風金粉踊る酒を飲む 月子 4
句友と心砕きて木の芽風 つゆ草 3
おもてなし椀を色どる木の芽和へ かずみ 3
顔ぶれもなじみになりて木の芽和へ 千寿子 3
木の芽あへ香りの高き母娘かな 由美 1
日本酒と木の芽風あり全身に 富子 1
遠回りして寄つてみる家木の芽山 無迅 1

一寸鑑賞 
正浩句 : その通りですね、本当に良き日でした。
芳村句 : そういう気分になる、ぴったりの風ですよね。
良子句 : 木の芽風って「気」も運んできますね。 
(無 迅 記)

 

 四月十八日 嵐山遊覧〈吟行下調べ〉

 天候不順が続き久しぶりに晴れた。散策日和である。川越迄なら苦にならない。そこから先は随分遠く感じられる東松山である。目的が無ければ通り過ぎる町である。
東松山は牡丹園で知られている。にもかかわらず牡丹祭りが始まったばかりとはいえ、人の動きが少ない。ゲートでの入園料も無い。そのはずである。ひっそりとした園内には蕾の牡丹がかたく口を閉じている。温かい日差しに汗ばむ陽気の中で、寒々とした光景だ。入口付近で店を広げている露天商も寒暖の天気に振り回された被害者だ。
 ボタン園は箭弓神社の牡丹が手狭になり新設されたと聞く。箭弓神社の牡丹園は大正十二年東武鉄道初代社長が奉納したことから始まる。箭弓神社は創建七百十二年で牡丹園の歴史を遥かに凌いでいる。ヤキュウに因み野球選手の参拝が多く、バット形の絵馬も興味深い。
 古さといえば、嵐山駅より十五分のところに鬼鎮神社がある。畠山重忠が菅谷城の鬼門除けとして、建立したという。節分祭りでは、「福は内、鬼は内、悪魔外」と言われる。鬼神に二つの解釈があるのも、地獄も天国も紙一重の世界を物語っているようだ。古の嵐山を垣間見たようだ。古き形態が保っているのも、人家が疎らで空襲の的にならなかったようだ。懐かしい田舎風景が甦っていく。
 古きを訪ねれば畠山重忠の菅谷館跡に博物館が残された。坂東の武士の鑑と言われた畠山だったが、清廉潔白ゆえに煙たがられ讒言する者がいた。鎌倉で謀反勃発の報せを謀略と知りつつ、死地に向い非業の死を遂げた。
 正直者が損する歴史は人類が滅びる迄封印されたことがない。正直、実直、愚直な迄の直をやましい者は棘とみる。そして排斥される。嵐山で生まれた木曽義仲もその一人である。鎌形八幡神社境内に義仲が産湯を浸かったという清水が今も湧き出ている。一族の血を絶やさぬ為に木曽に逃れたのだが、由緒ある血族であっても住む処に人は順応する。京では義仲の勇猛実直は受け入れられなかった。長閑な田園風景の広がるこの地はかつて古戦場の歴史がある。
 鳩山町に抜ける道に標高八十mの笛吹峠がある。戦い破れ落ちゆく者が笛を峠で吹いたことからの地名である。峠を貫いて鎌倉街道が交差している。畠山重忠もこの道を辿ったのだろう。江戸時代は巡礼道として栄え、今はハイキングコースとなり、嵐山を背にして笛吹峠を左に曲がれば坂東札所十番岩殿観音に至る。境内には樹齢七百年以上の天然記念物の大銀杏がある。
 案内人海紅師のプリウスが両側の散りかけた桜並木と萌えだしたばかりの新緑の緩やかな坂を滑るように下っていく。峠を発掘した時多くの人骨がでたという。数知れぬ種から勝ち抜き生まれ、人は争い、競争の内に果てていくという歴史の時間は止まらない。エンジン音の無い静かな車内のクラシック音楽が、生と死の協奏曲のようにも聞こえる。義仲を慕った芭蕉が義仲寺に葬られ、芭蕉を蕪村が慕い、海紅師は蕪村の研究者であり、嵐山に居を構えたのも見えざる因縁があったのだろうか。

 坂を降り里に出れば、散りかねた桜並木の鮮やか視界が続く。一キロ以上あるだろう。並木が尽きたところに原色の菜の畑が、潤んだ眼を洗い流し、更に焼きつくように飛び込んでくる。臨死体験に等しい黄泉の世界を彷徨っているようだ。散る花、萌えゆく芽。輪廻の春は駆け足で進んでいく。

◆ 四月二十五日 吟行記 

 改札口前の人の流れが多くなってきた。一週間前の十時頃は疎らな改札口だった。待ち合わせ時間に昔共に学んだ小川夫妻と遭遇した。二人は学友会の役員の関係から結ばれ、学業から離れていった。そして偶然という再会で吟行に参加することになった。出会いが無ければ別れも無い。しかし人は出会いを巡り合わせと信じ結ばれ核を為していく。下調べを終え箭弓神社で歓談中聞いた話である。―敗戦色濃い時代に男と女は結ばれた。男は死の片道切符を持たされた特攻隊員だった。男からもう帰れないという手紙を届いた時には既に母になりつつある身重だった。短くも楽しい日々は一転した。戦後女一人で子を育てあげた。―
 偶然の出会い、必然の別れは対である。出会いは人に限らない。花との出会いは豊かにするはずだ。果たして今日はどんな出会いとなるだろうか。
 一週間前牡丹園行きのシャトルバスは運休だった。今日運行されているから少しは開いたのかもしれない。
  牡丹園囲むつつじが目立ちけり     宏道 
 開花状況により箭弓神社牡丹園だけにしておく予定だった。未だ五分咲きの牡丹だが、境内ではイベントの最中で朝から盛り上がっている。東松山は焼鳥が名物で食欲そそる匂いが周囲から漂ってくる。匂いが集中力を狂わせるのか牡丹よりツツジの満開に眼がいってしまいがちである。おそるおそる掌でツツジの叢を押せばやんわりと押し返す強かな生命力を感じる。
 境内の隣では結婚式を控えた両家が歓談している。新しい小さな家族が始まり、新しい生命が生まれ育っていく。仮に人には愛という花園がある。とはいえ早いか遅いかであるが生命体は必ず死ぬ。人に限らずオスとメスの深い引力で引き合う地球の法則があり、生命体は死ぬために生きていると言えないか。
  散る時を知りて咲くとか大牡丹     千寿子
  咲き頃を定めてゐるらし牡丹の芽    かずみ
 昨日内視鏡でポリープが発見され切除した。牡丹を思わす体内の襞だった。医者に指差され、他者の病巣を見ている様で聞き流す。一週間の摂生が言い渡された。今日飛び込んでくる視界は何故か全て眩しく新鮮に感じられる。(悪性では無いが稀に見る珍しいポリープとの後日結果)
  蒼天にさざ波立ちて緑燃ゆ     ふみ子
  蒼天の風の撫でゆく梨の花     酔朴
 偶然にも「蒼天」という語を使い染みゆく空の青さに共鳴する。翻訳家の谷地元さんから、「梨の花」と同様な句をこれまた偶然にも外人が詠んでいると説明があった。外国に行ったこともなければパスポートも所持していない外国嫌いであるが、人類皆兄弟と少し外国を理解してみよう。
( 酔朴記 )

 

◆ 句会のお知らせ
 日時 七月十一日(日) 午後一時三〇分から五時 
☆ 場所 東洋大学白山校舎五号館二階(5205教室) 
☆ 内容谷地先生の講話と句会   (当期雑詠三句)

俳文学研究会会報 No.57
   
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