俳文学研究会会報 No.52   ホーム

日時 平成20年12月6日(土)・7日(日)
内容 一泊研修並びに吟行句会
場所 伊勢原市おおやま「獅子山荘」

 

― 谷地海紅選 ―

◎土産屋の独楽のとなりにみかん籠 中村
  再会をまづ祝ひたるみかんかな つゆ草
  今採りし蜜柑を乳のごとく吸ふ ひろし
  日の粒の傾るるやうな蜜柑山 文子
  尺八のかすれ音が好き冬紅葉 つゆ草
  尺八の音をたよりに紅葉坂 米田
  心敬碑を探しあぐねて冬桜 文子
  心敬の墓をかくしてみかん山 米田
  着ぶくれて満員御礼ケーブルカー 中村
  うすれゆく記憶のごとし冬桜 ひろし
  寒声の尺八がまた友を呼ぶ 文子
  珍しやからかさ天井枯木宿 栄子
  ケーブルカーの紅葉の向かう海ひかる 喜美子
  落葉踏むかくも苦しき女坂 千寿子
  蜜柑一つもぎて分け入る古墳かな ひぐらし

 

互選結果

日の粒の傾るるやうな蜜柑山 文子 6
心敬の墓をかくしてみかん山 米田 5
冬日さす講中宿の柱瑕 ひぐらし 5
うすれゆく記憶のごとし冬桜 ひろし 5
今採りし蜜柑を乳のごとく吸ふ ひろし 4
道問ひて柿賜りし旅の空 文子 4
さだめある世の端にゐて冬桜 正浩 3
心敬碑を探しあぐねて冬桜 文子 3
枯蔦の哀しきまでにしがみつき つゆ草 3
大山にかはらけ放つ師走かな 米田 3
土器を上手に投げて十二月 海紅 3
落葉踏むかくも苦しき女坂 千寿子 3
頂上はいかで居待の谷もみぢ 月子 2
少女とゐる蜜柑一つをポケットに 正浩 2
豆腐売る暮らし榾火のあかあかと 海紅 2
土産屋の独楽のとなりにみかん籠 中村 2
大山の急石段の紅葉踏む 美知子 2
着ぶくれて満員御礼ケーブルカー 中村 2
珍しやからかさ天井枯木宿 栄子 2
日に透けて紅葉の秋の午後 栄子 2
女等のみかん買ふとてバス停車 海紅 2
蜜柑一つもぎて分け入る古墳かな ひぐらし 2
再会をまづ祝ひたるみかんかな つゆ草 1
冬日浴び呼び込み婆の威勢よく 奥山 1
裏おもてみせて錦の散りもみぢ 信代 1
尺八の音をたよりに紅葉坂 米田 1
尺八のかすれ音が好き冬紅葉 つゆ草 1
山頂の社寒風歯切れよし ひろし 1
年を経る宿の玄関みかん喰ふ 喜美子 1
紅葉のなだるるところせせらぎぬ 正浩 1
巻き紅葉ふはりと浮かぶ橋の上 情野 1
願かけてかはらけ投げる紅葉山 情野 1
寒声の尺八がまた友を呼ぶ 文子 1
渡り過ぐ伯母様橋にみかん顔 奥山 1
千両の弾ぜさうなりし寺日和 ひろし 1
破れ芭蕉其角の墓や上行寺 月子 1
紅葉ごし相模の海を一望す 奥山 1
ストーブが客を迎へる導師宿 正浩 1
大山の天狗見降す秋八州 信代 1
ケーブルカーの紅葉の向かう海ひかる 喜美子 1
冬日受け神殿の鰹木きらめきて 千寿子 1
あふり山眼下に眩し冬の海 ひぐらし 1
紅葉被ひ笛の音たよりの女坂 米田 1
大山に俯瞰されてる冬吟行 つゆ草 1
※会報作成にあたり歴史的仮名遣いに統一した。また数カ所に推敲を加えた。(海紅)

 

参加者 
谷地海紅 尾崎喜美子 奥山美規夫 五十嵐信代 中村美智子 三木喜美 安居正浩 水野千寿子 
米田かずみ 大川宗之 谷美雪 上田ひぐらし 情野由希 椎名美知子 山本栄子 大江月子 
根本文子 梅田ひろし

 

大山吟行記                  奥山 美喜夫

前日の大風で秋色を吹き飛ばした気配だが、尚名残りを惜しみハイカーは伊勢原駅に降りて行く。江戸時代大山参りは 信仰に名を借りたハイキングと言っては語弊があるかもしれないが、歩くことが長寿の一歩とするならば、歩くことで道が開けるはずである。しかし歩くには遠すぎる。時の移ろいに確実に衰えていく定めがある。加齢とともに楽な方へと気持ちが傾いていく。不安なのだろう。同行者に頻りに歩いて何分と問われる。
  迎えのバスは心敬塚を目指す。心敬は連歌師宗祇の師にあたり、一四七四年六月に、道灌主催で江戸城中において連歌の会「武州江戸歌合」が催され判者として招かれている。京を追われ、帰参適わず大山に没し、この地に葬られたという心敬の塚である。地元民がゲートボールしながら、そこだと指さす先に藪に覆われた山が見える。訪れる人は殆ど皆無なのだろう。道はあったらしいが、竹が先を塞ぎ古墳の所在は掴めない。四方十mにも満たない藪の中を滑ったり転んだりしてしばらく探すが満身創痍で諦めざるを得ない。
  心敬の墓をかくしてみかん山 米田
心残りを何で補おうか。辺りは蜜柑山である。蜜柑を買った農家の老爺が同情し、お負けしてくれた。伯母様橋という橋を渡る。伝えによれば数代の天皇に仕えたという竹内宿禰の伯母様が住んでいた由来だという。そんな古い逸話を心敬は知っていて、近辺に葬られることを願ったのかもしれない。心敬を宗祇は師と仰ぎ、芭蕉は宗祇に私淑し、さらに蕪村が芭蕉を慕うように連関しているのも、人との繋がりは交差点にある。
  人が交わる見えない交差点に人は時に帰らざる人となる。文武両道に優れた太田道灌を妬む者の讒言で謀殺された地に太田道灌の墓は二つある。首塚、胴塚と区別しているが、いづれなのかはっきりしていない。同じ粕屋という地名が禍しているようだ。上粕屋の墓に心敬の句碑「雲もなほさだめある世のしぐれ哉」があった。「雲はなほ」が正しいらしい。
  さだめある世の端にゐて冬桜 正浩
  太田道灌より十一年前に没している心敬は道灌の行く末を案じていたという考えは先走りだろうか。心敬自身の不遇を吐露しているのかもしれない。昔威容を誇ったであろう祠の両脇の大木も枯れ、腐食防止の屋根が架けられている。不慮の死を余儀なくされた道灌に対し、思い存分人生を満喫し、四十七歳で亡くなった其角の墓が近くの上行寺にある。早死は長年の飲酒によるとしている。人生が早いか遅いかは問題ではない。深い人脈が短くも太く、全うしたといえる。赤穂浪士の大高源五と親交があり、討ち入りも見ていたという説もある。師の芭蕉がライバルとする西鶴とも二度会合も設けている。生活に不自由なく酒を飲む吟遊詩人も初めは父親からの紹介から始めたというから、父親から言わせれば道を誤ったか、本人からすれば道を見つけたかである。これも人生の交差点だ。上行寺はもと東京にあった。数度場所を移し現在の地に著名人の墓がそっくり移転された。由比正雪の乱に関与した丸橋忠弥、「解体新書」を推挙した桂川甫周の墓もある。甫周は四代目、七代目と二人いる。二人とも将軍に仕え、先端の医学書を自由に閲覧できた。
四代目は田沼意次に追われ、田沼失脚後復職した。
  破れ芭蕉其角の墓や上行寺 月子
  其角が高の輪に住んでいた頃の井戸も移築されている。咎人である忠弥は、槍の達人で師を慕う弟子により母方の姓石橋で葬られた。秘密裡に運んでいたら思わぬ歴史になったであろう。
  歴史は作るものなのか、作られるものなのか不可解だが、宿の奉納額をみる限り、作るというべきか。名前を記した講の有志はどんな願をかけたのだろうか。部屋の中央に柱を配置したからかさ天井に関心すれば詠む目も忘れていない。
   珍しやからかさ天井枯木宿 栄子
  下社へはケーブルカーに乗る。冬の透きとおった空気の中に相模湾が見える。境内下に湧く大山名水を汲む。豆腐料理が旨いのもうなづける。境内の売店の呼び込み婆が威勢よく張り合っている。神々しい場所に相応しい鹿もいていいのだが、騒々しい呼び込みは興ざめだ。改築工事音から逃れ女坂を下りて行く。山から下りてきたハイカーが落ち葉の上で酒盛りをしている。大山参りは、ハイキング日和と変わってきた。低いとはいえ丹沢の入口で本格登山道でもある。
  落葉踏むかくも苦しき女坂 千寿子
  男坂はもっと急だが女坂も負けず劣らず恐れをなす坂に違いない。途中大山寺がある。昔此処で雨乞いの儀式が行われた。寺の階段沿いの紅葉が最も絵になる個所だが、一週間前紅葉の見頃の大山が放映されていた。しかし前日の風が期待を吹き飛ばした。歩いて下までいくか、またケーブルカーに乗るかの選択で、思い思いに帰参していく。
  参道両脇の土産屋を覗きながら句材を煉る。実の虚を詠んだ句が特選となった。
  土産屋の独楽のとなりにみかん籠 中村
  こまを独楽に変えたことで活きてきた。みかん籠は捨て子を意味し、傍に独楽を置くせめてもの親の情愛をうたったものであるらしいが、作者はそういった意味深さを知らなかったといい、籠にはみかんも入っていなかったという。作者を離れた解釈で秀句となるのも言葉の面白さだ。
  翌日、海外生活が長く、外人より巧みな英語力が買われ吉田内閣で辣腕を振った白州次郎旧宅「武相荘」に向かった。暗い周囲の庭に赤く染まった紅葉だけ日が当たり、逆光の中で燃えるような輝きを帯びている。この輝きも一瞬に過ぎない。やがて夕闇が光を飲み込んでしまう。それでも人生の一番輝けるチャンスに一度は恵まれたいといつも願う。秋色探しは自分への回帰なのかもしれない。華々しい道だけを歩んだと思われるダンディ次郎にとって一番輝いていたのはいつだったのだろうか。終戦間もないどさくさに旧態の官庁に乗り込んだ時だろうか。
  夕暮れが迫ってきた。一瞬の輝きは誰にもやってくる。駅前で恒例となった居酒屋句会は「寒」を兼題で議論風発。「寒酒」に問題あるとも知らず投句した酔いの勢いは恐ろしいと反省した。

おてもと(居酒屋)句会

戒名不用寒椿白く降る 文子 5
南無薬師俳句供へん寒雀 月子 5
寒風や塩引鮭の大安売り 美雪 5
待ち合はせ寒さしのぎに丸くなり 美智子 4
寒林に囲まれてゐて一薬師 海紅 3
鈴川にかかりてやさし寒桜 千寿子 3
寒風に悟り顔なる子鹿の目 喜美子 3
持ち込みの寒酒隠し飲むスリル 美規夫 3
寒き日やアツカンビールつまみに句 宗之 2
主なき膝掛けありて寒さかな 正浩 2
寒中一本の木立あり黄絨毯 かずみ 1
俳文学研究会会報 No.51
   
「白山俳句会」トップへ戻る