俳文学研究会会報 No.47   ホーム

日時 平成19年10月27日(土)〜 28日(日)
内容 『おくのほそ道』一泊研修並びに吟行句会
場所 那須高原 高雄温泉 おおるり山荘

高雄温泉吟行記                  奥 山 美 規 夫
 台風が来ているという。忙しくワイパーが踊る中をバスは水しぶきをあげて高速道を疾駆する。車中は不穏な天候を吹き飛ばすように、千年宗匠よる連句が繰り広げられた。バスの中で捌くのは初めてというが、声も通り、堂に入っている。宗匠の意次第というところが連句は「生もの」という所以だ。
晴れていたなら、紅葉狩りの車で道路は渋滞しただろう。そう思えば、恨めしさ半分の篠つく雨も、幸いというものだと思いならが宿に向かう。高雄温泉は湯元温泉から分かれて、茶臼岳を背にしたどん詰まりの丘の中腹にある。窓外の鈍色に重たい視界を雨足が叩きつけている。里はまだ紅葉には早かった。しかし、時間を追いかけるように高みに登っていくにつれ、紅葉をよろこぶ吐息ともつかぬ声が増していく。異常気象といえ、今年の紅葉前線も確かな足取りでやってきている。先に散り、後から枯れて、全山が一斉に色づくのは数日しかない。この舞台は、紅葉という変容をもって我が身を捨て、四季の移ろいを演じ終わる最終章というところだろうか。とはいえ、粧う山の中には年を越せずに枯死する木もあるはずだ。人は加齢とともに失うものが多く、樹齢にくらべれば、寿命は赤子に等しい短い時間であろう。そして、その時間の先には避けがたい死が待っている。一箇所の場で静かにその生を終えるか、突然の不幸に遭遇してその不運と闘うか。庭先をながめていると、風雨にさらされて静かに立つ紅葉の木が我が身と重なっていく。
  句会は、作者を伏せて忌憚のない意見が交わされた。「その中に憂き色もあり山紅葉」は最初「その中に憂色もあり山紅葉」だった。たった一文字の入れ替えで豹変する言葉の深さは計り知れない。また、病の癒えた友との元気な再会を祝う「初紅葉病の癒えし友と逢ふ」からは、邂逅の喜びが明るく伝わってくる。紅葉に自身を重ねて憂愁の陰を踏むか、その鮮やかな色彩に胸を躍らせて暮らすか、人はさまざまである。十人十色に人が集い、それぞれのオリジナリティと向きあう場、いかにも研鑽といってよい句会だった。
  翌日は昨日の鬱を覆す秋晴れとなった。柔らかい晩秋の朝日の中に、雨に濡れた紅葉がひときわ紅や黄を濃くしている。みんなで温泉神社へ下りていく。樹齢八百年のミズナラが黄金色に輝いている。老いてなお逞しいその源は、執着を捨てた無心のゆえだろうか。更に進むと、これまた樹齢八百年の秋霜に耐えて凛とした五葉松が迎えてくれる。虫に弱い松の性格を考えると、栃木銘木百選に選ばれて当然という気がする。この生命力も神秘的神社のご利益だろうか。温泉神社からは殺伐たる殺生石が一望できる。以前に訪れた時は硫黄臭の噴煙が立ち込めていたが、この日は晴れ渡っていた。深い闇の地中で、気紛れなマグマは眠っているのであろうか。その岩肌や盲蛇石からいくつかの伝説が生れ、その伝説を心に観光客の足が来ては去っていく。上のみにまで戻ると、山上へ向かう車が数珠繋ぎで延びている。黄落の葉を踏みしめて歩くことができるけ確かな足取りの愉しみは、車ではわからない醍醐味だ。紅葉坂も、下りと登りでは、違った視界があるものだと、車で戻る友を見送りながら、宿まで歩き続けた。
連句「熱き連句衆」の巻
秋雨をあつめて熱し連句衆 月 子
 紅葉のごとく赤く酔ふ人 勇 造
落鮎の竿をおほきく撓らせて ひろし
 鬼怒川越えてみちのくの月 千寿子
電線に休む旅人渡り鳥 無 迅
 便り届かずJPに問ふ 月 子
朝市で掌にのる花を買ひにけり 信 代
 ずんぐりむつくり春の藁塚 ひろし
(市川千年捌 平成19年10月27日首尾 於・那須へのバス車中)

吟行句会
― 谷地海紅選 ―

売店に天然なめこ品揃ひ 主 美    
柿むきて昔噺が盛り上がり 美智子    
時雨れ旅ためらふ電話ベルが鳴り 勇 造    
初紅葉病の癒えし友と逢ふ 喜美子    
椅子固しもみぢ且つ散る朝のミサ 無 迅    
湯の宿はどんぐり色の丘の上 美 雪    
傘一つ紅葉の下の思案顔 よしお    

互選結果(海紅選と重複)

― 一点句 ―
全山に紅葉の迎へ邂逅す 美知子    
売店に天然なめこ品揃ひ 主 美    
雨の道木の葉はりつくさまざまに 信 代    
雨強しピンクの竜胆店の中 吉 郎    
我見よと体をくねらせもみぢかな 美規夫    
柿むきて昔噺が盛り上がり 美智子    
時雨れ旅ためらふ電話ベルが鳴り 勇 造    
別荘の主偲ばるる庭紅葉 よしお    
紅葉山濡らせる雨の瀬をなせる 海 紅    
宗匠の才槌頭山粧ふ 無 迅    
一歩また一歩紅葉に酔ひ痴れる ひろし    
秋時雨夕もや立ちて山燃ゆる 主 美    
秋霖の満天星つつじの深き紅      
追ひかける紅葉の道の美しく いろは    
雨に濡れ紅の葉と対峙する 美知子    
雨になほ華やぐ雑木紅葉かな ひろし    
いま紅葉きのふのことは胸のうち 勇 造    
囲炉裏端湯気たちのぼる茸汁 信 代    

―二点句―

黄落やつぶあん饅頭蒸しあがり 月 子    
傘一つ紅葉の下の思案顔 よしお    
椅子固しもみぢ且つ散る朝のミサ 無 迅    
風騒ぐ那須野ヶ原に山紅葉 喜美子    

―三点句―

秋霖に梢の先もざわ騒めきぬ 美智子    
牧閉ぢてゆるりと語る湯治客 千 年    
もみぢして瞑想顔なる濡れ鴉 月 子    
湯の宿はどんぐり色の丘の上 美 雪    
濡るるもの美し傘も紅葉も 海 紅    
木道の動かぬ翁木の実降る 無 迅    
先ゆくも後からゆくももみぢ山 美規夫    
再会の口紅きれい紅葉宿 海 紅    
もみぢ宿白い傘借り一里ほど いろは    

―四点句―

茶臼岳紅葉の海に浮びけり 吉 郎    
初紅葉病の癒えし友と逢ふ 喜美子    
その中に憂き色もあり山紅葉 ひろし    
行く秋や篠突く雨の露天風呂 よしお    

 

参加者
谷地海紅 久保寺勇造 梅田ひろし 市川千年 植田よしお 小林吉郎 中村美智子 椎名美知子 
谷美雪 山本榮子 尾崎喜美子 五十嵐信代 大江月子 水野千寿子 米田かずみ 吉田いろは 
伊藤無迅 奥山美規夫 寺門隆男

 

おてもと句会                   伊 藤 無 迅
那須一泊研修の旅は、予定通り送迎バスが午後三時に南浦和西口に到着した。
台風一過の秋の空は澄み渡り、皆さんの気持ちは未だ旅の中。
いつもの居酒屋の二階で、恒例の俳句研修第二段「おてもと句会」開始。
参加者は、海紅、酔朴、喜美子、千寿子、美智子、主 美、月子、千年、隆男、無迅の10人。
秀句がたくさん出ました、どうぞ鑑賞ください。


点 数 作 品 作 者 選 者
柿ひとつ貰ひしことも旅らしき 海 紅 千寿子、美智子、酔朴、喜美子、美、月子
牧場の白雲一つ馬の秋 月 子 美智子、千寿子、酔朴、千年、喜美子、主美
柿かじり歩くも旅のものらしき 海 紅 千年、隆男、酔朴、月子、無迅
宴席の句帖にのぞく櫨紅葉 無 迅 海紅、美智子 、喜美子隆男、月子
台風過山の端ぱつと明け初むる 喜美子 海紅、千寿子、主美、千年
芭蕉見し殺生石や秋日和 千寿子 海紅、主美、喜美子、無迅
晴れわたるススキの中に芭蕉句碑 千寿子 海紅、喜美子、月子、無迅
カラオケに霧子のタンゴ秋深し 隆 男 千年、喜美子、無迅
こもれ日や笛の音うるむ紅葉道 千寿子 千年、隆男、無迅
笛の音に誘はれ歩き紅葉道 主 美 海紅、千寿子、酔朴
秋声や恋のみくじは大吉ぞ 千 年 海紅、酔朴、月子
行く秋の殺生石を一見す 海 紅 千年、酔朴、無迅
山粧ふ湯煙上げて川流る 喜美子 美智子、月子
崩れゆく飛行機雲や天高し 月 子 海紅、酔朴
雨過ぎし紅葉のカーテン開け放つ 酔 朴 海紅、喜美子
黄落のトンネルの中句友待つ 無 迅 美智子、主美
露天風呂朝日と紅葉と興宴し 美智子 海紅
雨上がりあおぎて見れば織る錦 主 美 隆男

 

侵 蝕 の 図                 有 村 南 人
私はそこを通るたび立ち止まり、帽子が落ちるほど反り返って桐の大木を見上げる。桐の木の存在は、この空き地が出現するまで知らないでいた.以前は小さな廃屋があった場所である。
  ある年の秋、私は、まだ未踏の路地へ散歩の舵を切った。素通りしようとした脇道に、目の端で何か赤い色を捕らえたため歩を戻して、通りの角を折れてみたのである。赤い色は、五、六軒かなたに燃えさかる紅葉だった。近付くと、錦繍の正体は夏蔦であった。ひと気のない平屋が屋根からすっぽりと隙間なく蔦に覆い尽くされている。葉は横に遣いつつ上方から幾重にも重なって垂れ、ダンサーの赤いドレスのひだのようであり、また、家全体を包む火焔のようでもあった。もの好きな私がそこへ通い始めたのは、言うまでもない。
師走に入ってから、私は生家の退っぴきならない所用にかまけていた。雑事から解放され、わが茅屋に戻ったとき、新年はひと月を過ぎていた。旅支度を解くと、俄然、蔦屋敷が気になり出した。
  それから、初めて蔦の宿主の全貌を知ったのである。          
  厳寒の空の下で、蔦は縮れながら、古い木造の平屋を縦横無尽に捕縛していた。冬括れた葉と蔓が、岩肌に乾いて貼りついている海藻のようだった。ペンキの剥げた木枠の窓には磨りガラスが入っていたが、下方に一ケ所わずかな破れがあった。洒落たエッチングの施された磨りガラスか、と見えたのは、屋内からガラス戸を押している蔓の影だった。蛇の舌のような蔦の巻きひげが、穴を見付けて内に侵入し、至る所を可能な限り蹂躙して増えに増えたのであろう。蔓はほとんど索条と化していた。窓の割れ口から脱出した部分は外壁をよじ登って冬を迎え、しなびている。
  内部にいかなるサスペンスが展開しているのか探ってみたい、棒の先か何かを窓から差し込んで蔓を掻き分けたらどうか。いや、ワイヤーみたいな蔓は、そう容易にはほぐれまい。
  思案しながら私は、その家の精気を吸い取り続けてきた蔦に嫌悪を覚えた。そのくせ怖いもの見たさで、木刀を携えては、三日にあげずそこを通ってみたりした。
それから、また蔦の繁殖の周期が訪れた。更に家を呑み込み、紅く燃え、妖気な冬に入った。そして私の知らない一両日の間に廃屋は解体された。更地には砂利が敷きつめられ、なぜかただ一本、隣家に寄り添うように桐の木が残されていた。かつて家の主人が、女児の良き日を願って植樹したものであろうか。桐の木は障害物を除かれて成長し、初夏、天空に向いた枝先から薄紫色の花を咲かせた。木の許に良い香りが漂った。雨季毎に幹は太り、丈は送電線のはるか上まで伸びた。張り出した枝葉で、更地とその周辺が暗くなった。枝葉は隣家の窓も塞いだ。
  花のあとの若い果実が夥しく、恐ろしいほどの数である。秋が来れば、一個の果実から多数の種子が吐き出される。種子は羽根を持ち、大群となり、風を味方にして飛んで行く。

―  会報 畢 ―


俳文学研究会会報 No.46
   
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