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葛の葉の面見せけり今朝の霜
芭蕉 (きさらぎ・冬・元禄四)
秋風になびいて、白い葉裏を見せて揺れていた葛の葉であるが、今朝は冬の訪れを告げる初霜に白く染まって表を見せているよ、という意。従来「今朝の霜」にはほとんど注釈がないが、「今朝の秋」に倣った初冬を示す語感を見届け、冬の到来をきりりと告げる句と解したい。その意味では全く叙景の句とする許六の見解に賛同し、句意に芭蕉と嵐雪の不仲をほのめかす野坡の見解に与しない(『許野消息』)。秋の七草のひとつである葛の葉が白い葉裏を見せることは『万葉集』の昔から歌に詠まれる古い歴史を持ち、やがて「秋風の吹きうらかへす葛の葉のうらみてもなおうらめしきかな」(平貞文・古今・恋五)のように、「裏」「心(うら)」「恨み」の枕詞として用いられた。それは中世末から近世にかけて人気をとった浄瑠璃『しのだづま』によって徹底された。すなわち、信太の森(大阪府和泉市)に住む白狐が安倍保名との間にできた子と別れる際に、泣くなく詠んだと伝える「恋しくば尋ねきてみよいづみなるしのだの森のうらみ葛の葉」という子別れ伝説である。だが、こうした伝承から解放されて、実景に基づく句である点にこそ芭蕉の新しさがあるようだ。ちなみに、「葛の花」の美しさを発見するのは近世俳諧で、言語遊戲に終始する伝統和歌で、その花が詠まれることはなかった。
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