ホーム
須磨
月はあれど留主のやう也須磨の夏
芭蕉 (笈の小文・夏・貞享五)
美しい月が出てはいるものの、主人のいない留守に訪ねてきたようなむなしさ、それが須磨の夏の風韻である、という意。諸注には、業平の兄である在原行平隠棲の地という史実を踏んで、光源氏が失意の時を過ごす舞台にしつらえた『源氏物語』(須磨)等を引きながら須磨の本情は秋にあるとし、芭蕉は夏に訪れた〈心に物の足らぬけしき〉(真蹟懐紙・初案)を詠んだとするものが少なくないが、これらは句解の微妙な地点で誤りをおかしている。なぜなら、夏の須磨がもの足りず、後悔しているなら句は詠まないからである。句に詠んでいる以上、作者は須磨の夏に感慨をおぼえている。それが〈留守のやう也〉という詞であらわされた。むろん不在なものは古物語の〈須磨には、いとど心づくしの秋風に、海はすこし遠けれど、行平の中納言の、関吹き越ゆると言ひけん浦波、夜々はげにいと近く聞こえて、またなくあはれなるものは、かかる所の秋なりけり〉(源氏物語・須磨)に象徴される秋の情趣である。しかし、それが秋のさなかよりも、むしろ秋以外の季節の中でこそふくらむはずのものであることは、芭蕉ならずとも自明の事柄であろう。なおこの句の前書「須磨」は蛇足で無視されてよく、『笈の小文』の未定稿的側面をかいま見せる。
「先人の句に学ぶ」トップへ戻る