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望湖水惜春
行く春を近江の人とおしみける
芭蕉(猿蓑・春・元禄三)
行く春を近江の人とおしみける (猿蓑・春・元禄三)  この句は古来〈近江の人と〉という措辞が褒貶の要である。諸注は〈古人もこの国に春を愛する事、をさをさ都におとらざる物を〉(『去来抄』)という芭蕉の言葉を引いて、「行く春」と「近江」の結びつきの必然性を説く。すなわち、この地は天智天皇の飛鳥から遷都した大津京の地で、「近江海夕波千鳥汝が鳴けば心もしのにいにしへ思ほゆ」(人麻呂・万葉・巻三)と詠まれ、最澄の開いた王城鎮護の比叡山の麓で、『源氏物語』の「早蕨」に「鳰の湖」と詠まれた琵琶湖がひろがり、また後堀河帝中宮に仕えた少将で晩年仰木の里に隠棲した「をのが音の少将」の歌「おのがねにつらき別れはありとだに思ひもしらで鳥やなくらむ」(藤原信実女・新勅撰)の故事があり、さらに恵心僧都建立の浮御堂、木曽義仲墓所の義仲寺、観音信仰で長谷寺・清水寺に並ぶ石山寺等にゆかり深い。だがそうした余情を「近江」と前書「湖水ヲ望ミテ、春ヲ惜シム」から推しはかるのは至難。よって近江門弟等への挨拶句の手本とはなり得ても、それ以上におだて上げる句ではない。
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