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■202608_02 海紅 2026/08/17-12:25 No.[9495] |
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| みせばやと転居重ねて五十年 | |||
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貴美
2026/08/20-15:56 No.[9496]
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転居が花と一緒というのが印象的です。 詠んだ人の感慨と暮らしが伝わってくるようです。 みせばやは母が好んだ花でした。この句でその日々が蘇りました。句には短い世界の中に、そのような力があると改めて感じています。 私も風知草とともに引っ越し長い時がたちました。 | |||
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千年 2026/08/22-10:53 No.[9497] | |||
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貴美さんの鑑賞でよくわかりました。 傍にいる、傍に置く植物・・・ みせばやと転居重ねて五十年 海紅 ギターつま弾く秋の夕暮 千年 | |||
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海紅山房 2026/08/22-21:18 No.[9498] | |||
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「みせばや」が通じるかどうか悩んでいましたが、わかってもらえてよかった。古来、万葉の植物として親しまれる多年草で、むかし第二の母ともいえる人にいただき、今もわが草庵の庭で生きていて、毎年ピンクの花を咲かせます。「みせばや」は〈見せたい〉という意で、その名の由来はわかりませんが、引き合いに出されるのは次の古歌。 見せばやなおじまのあまの袖だにもぬれにぞぬれし色は変はらず(藤原信成の娘・千載集〈恋〉886) 歌意は「恋の涙で色が変わった私の袖を見せたいものです。あの有名な雄嶋の漁師の袖ででさえ、色が変わるほどではないというのに」となります。藤原信成の娘は殷富門院大輔で生没年不詳。 なお、この歌は本歌取りで、かつて、源重之(1000没)が〈つらい恋で涙を流しているが、これほど袖を濡らしているのは、私を除けば松島の雄島の漁師くらいではないか〉と詠んだ和歌を踏まえます。 その重之の歌は次の通り。 松島や雄島の磯にあさりせし あまの袖こそ かくは濡れしか(重之・後拾遺集〈雑〉827) 丈夫な花でよかったと思っています。 | |||