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 ■202606_02
 海紅   2026/06/16-11:40  No.[9465]
    鈴蘭の音を聞くといふ一会かな

eiko   2026/06/22-12:37  No.[9466]
 
    リリックです、涼風のよう。

一会はひとえと読むのでしょうか。
 

海紅山房   2026/06/23-12:31  No.[9467]
 
    「一会」はイチエ(いちゑ)です。一つの集まりです。
芭蕉は『鹿島詣』を仕上げた44歳の貞享四年(1687)八月、友人に「蓑虫の音を聞きに来よ草の庵」と呼びかけました。これに応えて、友人山口素堂は「蓑虫説」(長編の仮名詩・漢詩各一)を送ると、芭蕉はさらに「蓑虫説跋」一編を作りました。さらに服部嵐雪も「蓑虫を聞きに行く辞」を作し、英一蝶は「蓑虫図」を描き、それに芭蕉が先掲の自句「蓑虫の音を・・・」賛したりして遊んでいます。ステキなサロンかと思います。

蓑虫は鳴きませんが、(それを承知で)その声を聞こうとするところが面白い。鈴蘭は鳴りませんが、それを聞こうとするところがおもしろい気がします(あれ、自画自賛になっちゃつた)。
 

e i k o   2026/06/23-15:34  No.[9468]
 
    風雅の一筋につながるなどと芭蕉さんは書きました。。。
読み方を間違うことがよくあってそれどころではないわたくし、
今日はい ち え
覚えました。

その昔、伊賀上野の芭蕉祭に参加。。。蓑虫庵を見学した朧げな記憶があります。

ありがとうございました。
 

美知子   2026/06/25-13:55  No.[9469]
 
    今回は遠慮しようと思いながら、この句がとても身に染みて、またお邪魔します。
昨夜、親友の訃報が入りました。2週間前に電話で話したのが最後になり、娘さんのメールに私の手紙を枕元に置いてあったとのこと。患いながら、二人でよく笑った日々を思い出してくれていたのだったら。思い出が交錯します。
20年近く、手紙と電話。一期一会と大切にしていかなくては次に逢える保証などないのですね。逢っておけばよかったと。何だか、この句がとても身に沁みます。

ひそやかな鈴蘭の触れ合う音が会話のようにも聞えます。

投稿を押すかどうか迷いました。が思い切って押すことにしました。解釈が読者に委ねられるなら、こんな感傷と感覚的な解釈を許していただけるものかどうか。単に的外れな解釈かお教えくださいませ。

 

美知子   2026/06/26-07:55  No.[9470]
 
    先生の解説で答えが出ておりました。
「蓑虫の…」に気づかず、こんな解釈をしてしまうということもある例としていただいて。
先生の句のファンはとても多くて、感想を書きたいと思っている人が多いということも。

これからw杯サッカー、日本×スウェーデン戦、楽しむことにいたします。
 

谷美雪   2026/06/26-11:04  No.[9471]
 
    「鈴蘭の音」??鈴蘭の小さな花の形の鈴🛎️の音かな???ちがうよな❗️
友に質問した。[鈴蘭の音?」って、分からないの!お願い教えて!って。
答「風に揺すられている鈴蘭の花の音」・・・、そうなんだ!???
ふうと・・・疎開時代に見た、初夏頃、オホーツクの海の砂浜近くの 鈴蘭の群生地のことを思い出した。細い枝いっぱいの真っ白な鈴蘭の花が、オホーツクからの塩風に吹かれて白波のように揺れていたこと。そして、夏・塩風が、どす黒い紫色の「黒百合の花」の すっぱい香りを撒き散らしていたことも。
でも・・・残念❗️白くて、小さな鈴蘭の音の記憶は、全くないのです!!
ああ❗️なんて素敵なんでしょう・・・気のあった仲間たちで、「鈴蘭の音」を聞くなんて・・・・・    たに みゆき
 

海紅山房   2026/06/26-16:14  No.[9472]
 
    納得してもらえる回答はできないかもしれないけれど書いてみます。昔何かで読んで、その後に影響を受けているフレーズに「見えるものは、見えないものに繋がっている」「聞こえるものは、聞こえないものに繋がっている」というものがあります。とすれば、見えないものや聞こえないものも、見えるものや聞こえるものに繋がっているはずだと思いました。「心」は見えないけれど、見えるものに繋がっているから、ボクらはわかり合えるのだと思いたい。
 

海紅山房   2026/06/26-16:15  No.[9473]
 
    蕪村を学んでいたころ、ほぼ同時代の白隠禅師(臨済宗中興の祖)という人の「隻手(せきしゆ)の声を聞け」という公案(禅問答の課題)に出くわしたことがあります。「隻手」は片手のことです。「両手(双手)を叩けば音がする。では片手はどんな音がするか」という難問です。ボクは考えあぐねた末に「無という音がする」という答えに辿りつきましたが、誰も合格点をくれません。そのまま数十年が経過して、今は「隻手」を通していくつもの思い出を振り返るようにしています。草庵のスズランや蓑虫からシンデレラや芭蕉の旅姿を想像するように。

心の声は自由です。
 

美知子   2026/06/26-20:48  No.[9474]
 
    質問にお答え下さり、ありがとうございます。
心に飛び込んで、この句のどこが心に響いたか説明しなさい…と言われたら、ここが…と説明できるものではない。心に響いたとしか言いようがない。その時の状況、心境で・・・と少しでも表現しようとすると離れてしまう。表現することのむなしさと難しさを実感しております。

先生がその表現しがたいことを書いて下さり、感謝申し上げます。貴重なお時間をありがとうございます。先生の書いてくださったこと、とくに後編、わかるにいたりますかどうか。先生の解釈で気持ちが楽になります。「心の声は自由です」大切にいたします。

忘れられない句になりました。ありがとうございます。
 



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