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|  | ■200812_01 海紅 2008/12/05-14:00 No.[6003] |  | |
|  | 冬帽の子をかたぐるま父を恋ふ |  | |
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|  | 余一郎
  2008/12/06-04:52  No.[6004] |  | |
|  | 縁日とか雑踏の中でよく見かける情景だ。 オイラにも父との一枚の写真があるがズバリこれよ。 ゆんべは泣けたぜ…‥。泪は何故にとまらないのだ。 亡き父母に詫びながら生きて行くのも苦しいものだが、ここは我慢だ。しかしこの句にはこれにはまいった。 母の言葉を思い出す「この時は幸せだった」 |  | |
|  | ちちろ 2008/12/08-17:04 No.[6023] |  | |
|  | この句の泣かせどころは「父を恋ふ」であり、相当なインパクトがあります。小生も父を亡くしてから時々夢に見て幼い頃のことを想い出すことがあります。しかし、もし小生が同じような句を詠むことができたとしても「父を恋ふ」とは詠むことができなかったでしょう。「父慕ふ」とか「父偲ぶ」だったと思います。意味は同じようなことかもしれませんが、私的には「恋ふ」はどうしても異性を意識し、その人に会いたいと強く思うの意に捉えていたからです。 だから作者は「父偲ぶ」や「父慕う」以上に「父を恋ふ」ほどの思いを込めた句なのでしょう。 すばらしいお父上に育てられたのでしょうね。 |  | |
|  | mitiko 2008/12/09-10:36 No.[6027] |  | |
|  | この俳句は、二つの風景を連想する。 一つは、遠くから眺めている、影法師ひとつ。 もう一つ 厳しい一年だったので楽しく解釈します。 みんなでお散歩うれしいな。手には焼き芋、ぬっくり ホコ・ホコ 「こら お行儀悪いわよ」 でもやめられません。 寄り添う影に夕日かくれぬ こま女 |  | |
|  | mitiko 2008/12/09-11:19 No.[6028] |  | |
|  | 間違えました. 夕日かくれぬ 〜 夕日かくれる です。 寄り添う影に 夕日かくれる 単純な入力間違いなのですが、ぬとるの解釈を教えて下さい。 |  | |
|  | 佐和子 2008/12/10-06:08 No.[6034] |  | |
|  | ちちろさんへ 父母のしきりに恋し雉の声 芭蕉 余一郎さんへ 涙の数だけ可哀想な幼い時、もらい泣き部分あり。 私の句感想 父親の頭に可愛い手そして冬、ここでは込上げて来る 激情を抑え一歩二歩まもなく吾に帰る作者。 |  | |
|  | 佐和子 2008/12/14-22:27 No.[6061] |  | |
|  | 今日は雨、泉岳寺に行って参りました。 そしてこの句を思い出し、義士の残された子供たちはどのように生活していっただろうかと思い胸が張り裂けんばかりでした。恋しい父は強くまた或る時は流される如く弱く彼方に旅立たれたのですね。 「お父さん…」小さく何処からか聞えて来るような気がしました。 |  | |
|  | 小出富子 2008/12/14-23:18 No.[6062] |  | |
|  | 佐和子さん 私も泉岳寺に、お参りに行ってきました。午後、雨もやんで赤穂浪士の支度をした一群に出会いました。親子連れが縁日を楽しんでいる姿に、この句が、ふと、思い出されました。お線香を手向ける長い行列も、毎年見られる光景でした。 |  | |
|  | 佐和子 2008/12/15-06:42 No.[6064] |  | |
|  | 富子さん おなじ思い、お声を掛けていただき 有難うございます。 こちらは心の通う場。 作者ならびご一同さまに感謝申し上げます。 |  | |
|  | 佐和子 2008/12/16-03:14 No.[6067] |  | |
|  | 私の↑の投稿 〔作者ならび〕を〔作者はじめ〕に訂正します。 発信あと気にしていました。 |  | |
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