谷地元瑛子捌き国際追善連句、「月と和解す」の巻   ホーム
   ・芭蕉会議のための留書

留書                          谷地元瑛子

 『月と和解す』は分かりにくい表現かもしれない。これは長年の友人のジョン-カーリーが亡くなって一年になるとき、遺品のなかにあった最後の句群のなかにあったフレーズである。直感で辞世ととった私には=炉辺にあり月の誘いにあらがわず=と意訳したい気持ちがあった。しかしこの句を発句として連句を巻きおわったとき、連衆とのやりとりのなかで、「月と和解」と直訳する事になる。58才の若さで逝ったジョンにはこの心境に至るまでに様々な葛藤があったろう。ジョンは最後の15年間を {連句は日本で生まれたが、日本だけのものではない} ということを示すために疾走したといってもよい人だった。
 若い頃はバンドでドラムを叩いていたという。リズム感が命であったろう。英語俳句に定型がないことに問題意識を持っていた私はジョンが提唱していた15音節の型に興味を持った。英語で巻かれる連句に長句と短句のめりはりが無いと書いたことからジョンも私に興味を持ち、めざましい熱意で連句を勉強しはじめた。それはちょうど二十一世紀に入った頃だった。やがて彼はネット上の「総合俳文学雑誌—simply haiku—」の連句編集者になった。世界中の英語俳句の主だった俳人達から15音節定型ハイクを総攻撃されたジョンはそれをエネルギーに変えて、俳句の母である連句を追求したのかもしれない。「連句の正しい理解には芭蕉の連句を英訳するのが王道」という私の意見に賛成し、何年もかけて一緒に猿蓑集の歌仙などを英訳した。ただし彼が一番気にいった歌仙は虚栗集の「詩商人」だったのを思い出す。歌仙中其角を詠んだ句が出たときは嬉しかった。
 ある夏15才の子と英国旅行をした時、北イングランドのムーアに住むジョンは私たちに会いに来てくれた。そのとき歩いたヨークシャーの草地で「これがデイジー」と娘に摘んでくれた花は日本のひな菊よりもはるかに華奢な花だった.今回その時の思い出を花の座に読む事ができた。
 ジョンは生前おびただしい数の俳人と連句を巻いた。一周忌にあたり、特別に親しかった人々に声をかけて巻いたのがこの追善歌仙「月と和解す」である。連衆につらなってくださった湯浅信之先生はジョンのヒーロー。「詩を書いていた時期、湯浅訳の「奥の細道」に出会い、感動のあまりそれ以降まったく詩を書けなくなった」、そう何度も聞かされたものだ。わたしはジョンに背中を押されて、湯浅先生の知己を得た。ポールはわたしにとってジョンよりも先に知り合った英国人、彼は詩で生計をたてているーちょうど日本中世の笠づけのような詩のイベントを英国各地で主宰したり、日本大使館に頼まれて連句を捌く事もある。シィーラも英国人、詩人にしてアーティストでもあり、より良き世界を求める表現者だ。米国人の連衆のうち、カーメンは鎌倉に住んでいた頃からの私の友人、今は米国の大学で教鞭を取っているが。日本で結婚し3人の息子を日本で育てた。俳人、冬野虹が亡くなったとき一緒に龍さん(夫君)を心配したことを思い出す。繊細な感情をすくいとることも正確に景を言語化することもできる人だ。キャロルはジョンと親しかった。カナダのバンクーバー育ちだが、海面に複雑に引かれた米国/カナダ国境近くの秘境といえるほど手つかずの小さな半島(米国領)に住む。誠実で確かな付け句に定評がある。ウィリーもジョンと親しかった。ジョーク表現における英国英語と米国英語の違いで盛り上がっていた二人である。ウィリーはミネソタ州セントポール在住の働き盛り、建設業のひとだ。連句に出会った事が奇跡のように思える。30代の頃ミシシッッピ川を隔てた対岸の隣町、ミネアポリスに住んだ私は、ウィリーと話していると、ミネソタ州の土地柄が今になって分かる気がする。アイルランド人のノーマンはジョンの後継として、simply haiku誌の連句編集長を勤め、その後ジャーナル オブ 連歌&連句という紙媒体の連句専門誌をスタートさせた実力者である。ジョイスを持ち出す迄もなく、アイルランド人の英語は実に味わい深い。フランス人のクレアはロンドン在住、ジョンも交え、クレアなどと巻いた初学の頃の二十音連句を思い出す。先に述べた英国旅行でのことだが、ロンドン塔ですりに狙われ、クレアの当時12才のお嬢さんに助けられた一幕を思い出す。クリス=ドレーク氏は長く日本に住み大学で英語を教えられたそうだが。江戸俳諧を専門とする学者/翻訳家であり。最晩年のジョンと意気投合したと聞く。
 連句空間は不思議な空間である。虚構の世界をつくりだす興行のあいだ、わたしたちは互いの今を実にいきいき交換するのだ。座の文芸は文化を越える熱気を孕む、ああ、だからこそなのか、連句の終わったあとのあの祭りのあとのような淋しさはなんだろう。けれど「いのち嬉しき選集のさた」という句がある。芭蕉会議の特別展示室に掲載していただくことを連衆はたいそう喜んでおります。
 なお、数年前ジョンが書いた以下に示す小論の拙訳が、芭蕉会議の参考図書館に掲載されております。御一読いただければ幸いです。

  『連句付合論 白き行間の力学―芭蕉の工具、芭蕉のしごと―』
  ( 原題The Mechanics of the White Space)

  この小論は下記の本に収録されております。
    Renku Reckoner by John Carley
    ISBN 9780986976339
    Published May 27, 2015
                                                    了

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