この句に対してコメントが投稿できます

 ■201106_01
 海紅   2011/06/01-14:42  No.[7092]
    畳這ふ蟻のゆくへや一人住み

つゆ草   2011/06/06-20:07  No.[7093]
 
    私はかつて一度も一人住まいをした事が無く蟻の気持ちはわかりません。でもきっと蟻にとってとてつもなく広い畳は寂寥だけではなく一方で果てしない希望もあったのではないかと想像します。一歩ずつ確実に目標に向かって歩む蟻の姿に感動すら覚えます。蟻の行方は必ずしも成功に繋がらないかも知れない、でもその努力の過程は何事にも勝ると思うのです。蟻の人生、蟻を見る人の優しさ、深いものがあります。
 

つゆ草   2011/06/07-07:41  No.[7094]
 
    蟻物語の続きです。
でももしこの蟻が老体だったら孤独以外の何物でもありません。今の私にはこちらの方が近いのでふと考えてしまいます。孤独死は寂しすぎます。もっとも地上にいる筈の蟻が何故畳にいるのでしょうか?秩序正しい蟻の道を踏み外したのでしょうか?いずれにしろ蟻は働き者です。きっと強い意志の元に孤軍奮闘していたのでしょう。昼間働き夜勉強していらした先生の若き日が重なるように思えてなりません。
ある方に俳句は小さな視点から大きな視点へと詠める句が佳句と聞いたことがあります。この句はそんな句だと思います。拙い蟻物語でした。
 

小出富子   2011/06/07-16:33  No.[7096]
 
    蟻は一匹?一人居で、かけて、蟻は何処に行くのであろうか努力はしていても先が見えない不確実な日々を過ごしている自分ににている(現在の先生からは想像もできませんが失礼をお許し下さい)静かに蟻の行方を見ていらっしゃるそんな姿が想像できます。先日バスに乗っているとき手の甲に蟻がはっているのを発見しさっと払ってしまったあの蟻はどこに行ってしまったのでしょうか……孤独死胸に突き刺さります。
 

天野 さら   2011/06/08-23:50  No.[7097]
 
    本来なら土の上を歩くはずの蟻、何かの要因で畳みの上にいる。自分の意思とは関係なくとんでもない世界に放り出されてしまった。それは大地震、大津波で今までの生活とはかけ離れた生活を余儀なくされている方々と重なる。いつになったら元の土「家」に戻れるのかしら、見通しのきかないながらも一生懸命歩いている蟻の姿に「頑張って」と応援したくなる。山頭火の「犬よお前もさびしいか」(だったかな、記憶あやふやです)の句が浮かびます。俺も蟻と同じで、一人だ、お前は頑張っているけど何処へ行くのだ?俺も負けずに頑張るぞ、と蟻に励まされている作者。ゴールの見えない暮らしにもいつか必ず明るい光が差してくる。被災された方々が早く元の生活に戻れますように。
 

つゆ草   2011/06/09-09:25  No.[7098]
 
    さらさんお久し振りです。「大地震大津波で今までの生活とはかけ離れた生活を余儀なくされた・・」今はこのフレーズが一番あっているかも知れないと思いました。とても哀しい想像なのですが、蟻は亡くなった方の化身で逢いたい人の家にやって来たようにも考えられる・・のです。なぜなら、窪田空穂の歌に「その児らに捕へられむと母が魂蛍となりて夜をきたるらし」という忘れられない歌があるのを重ねて思い出したからです。でも哀しい例えですよね。飛躍し過ぎかも知れませんが胸つまされる思いはこの句にはあるように思うのです。でもあわれと共にその「ゆくへ」に一筋の希望の明かりを見出だしたいものです。
 

天野 さら   2011/06/09-12:16  No.[7099]
 
    つゆ草さんの蟻物語、味わいと深みのある内容でした。たった一匹の蟻に色々思いを馳せることが出来るのはこの句の持っている言葉の力です。人は根本的にどこか孤独の思いを持っているように思います。しかし一人では生きられない、家族や友達や故郷に支えられているのではないかと思います。何かことがあった時、孤独を痛感させられます。この蟻は広い畳にいて矢張り孤独でしょうね。それを見ている作者も一人の寂しさを抱えている。蟻と人とが心を共にしているのかもしれない。山頭火もこの作者も動物と話が出来る詩人です。今被災地の人々は家族や家、故郷さえも奪われ、哀しみを超えたどうしようもない寂寥感のなかにいるのではないでしょうか。最も支えが必要な時かもしれません。
蛍は魂の化身といわれ、特攻隊として出て行った後に蛍がすっと家に入って来た話があります。
話は変わりますが昨日、市の蛍観察会で蛍を見てきまし
子供の頃はたくさん飛んでいましたがこのごろはほとんど見られません。久しぶりに幻想的な蛍の光を楽しみました。蛍は日本書紀にも出ているし、源氏物語の巻の名でもあり、早くから生息していて人々の心を虜にしていたようです。はかない命、暗闇の中で光を発しながら愛する相手を探し求める蛍、1センチほどの小さな虫にもいちずな心が宿っています。蟻も同じです。蟻が一生懸命に大きな荷物を運んでいる姿を見ると、怠けている自分が恥ずかしくなります。
 

山房の海紅   2011/06/12-03:15  No.[7102]
 
     こうして、作者の実情を離れて、いろいろな話題にふくらんでゆくことに深く感謝するばかりです。作者冥利に尽きると言っても過言ではありません。ありがとうございます。
 

むらさき   2011/06/12-17:04  No.[7104]
 
    所帯じみていない部屋、ちょっと淋しそうにみえるけれど実はとても自由な空間。そこへ偵察蟻一匹が「なにか美味しいものはないかな」と、ひょこひょこやってきた。家の持ち主である作者は「蟻さんもお友達」とゆったり受けいれ、どこへゆくのかなあ?と見守っている。そんなのどかな情景をイメージしていたのでしたが。
みなさんの想像力の拡がり・深まり・造詣の深さ、そして、先生のおおらかさに感動しました。
あらためて「芭蕉会議」の豊かさ・懐の深さを実感しています。
 

eiko yachimoto   2011/06/13-17:24  No.[7105]
 
    木のもとに汁も膾も櫻かな
西日のどかに佳き天気なり

畳這ふ蟻のゆくへや一人住み
西日の影の止まる夕凪
 

むらさき   2011/06/14-19:18  No.[7106]
 
    畳這ふ蟻のゆくえや一人住み   海紅
西日の影の止まる夕凪       eiko
  しずやかに月の出をまつ梅雨の夕 むらさき

eikoさん、句を付けさせていただきます。
初めてなので、雰囲気をこわさないかとドキドキしています。
「添削(?)OK」ですので、よろしくお願いします。

 

eiko yachimoto   2011/06/15-10:36  No.[7107]
 
    畳這ふ蟻のゆくえや一人住み
いまかとぞ待つ梅雨晴れの月 (一直させていただきました)

ーーー
むらさきさん、ゆうべの月ごらんになりましたか?
厚い靄をまとい金色に輝いていました。3句目にするより
この方が素敵です。


 

むらさき   2011/06/15-15:34  No.[7109]
 
    eikoさん合作(??)になりましたね、 ありがとうございます。
無駄がなくすっきりしていて、ステキですね!

私は、いびつな形でしたが 輝いている一昨夜(6/13)の月をみました。それで 昨夜もと期待しながら、句をUPし、ほっとして「その後」を 見損なったようです。
残念!残念!
 

大江月子   2011/06/15-16:13  No.[7110]
 
    むらさきさんようこそ!初めまして!?
水をさすわけではありませんがまだ連句の場へ移っていないのでこの場を借りて、瑛子さんへ。蟻の発句へ瑛子さんが付けられた 西日の影の止まる夕凪 を拝見したとき、私は瀬戸内育ちなので、まだ西日のあるうちに夕凪になっただろうかと、それに西日も、夕凪も夏の季語だしというようなことにこだわっていて、昨夜は夕凪と西日の記憶をたどりながらネットをあちこち覗いていました。するとネット上に夏の季語というところで 夕凪の西日光は耕山寺 という例句をみつけ瑛子さんの句も納得することにしました。耕山寺は瀬戸内海に浮かぶ島の有名なお寺です。次にむらさきさん句を脇に直してつけられましたが、ここにも梅雨と月がでてきます。梅雨の月は夏の季語として俳句に詠めると思いますが、連句の約束ではたしか夏が発句なら脇、第三が夏(先生がおっしゃったように三は雑でも)第四が秋に移り第五が月の定座ではないかと知ったようなことをいってみます。瑛子さんの連句の自由な展開と季語が二つあってもいい俳句という発想に月子はうろうろしています。別に意見を言い、けんかを売っているわけではないのでごめんなさいね。ちょっと言ってみたかったのです。
 

eiko yachimoto   2011/06/15-23:42  No.[7111]
 
    むらさきさん、月子さん、こんばんは!
ここの場は鑑賞の場なので、2句のみの短連歌の
つもりでした。おこころをみだしたかしら、ごめんなさい。

連句にはいろいろ形式があり、
一番オーソドックスな歌仙の式目はたしかに
5番目が月の定座となっています。(例外はあります)

ところで連句の座で、月はもちろん,普通は秋の季語です。
しかし科学的には!?月は四季いつでも存在していますので、もし梅雨と月があればその句の季は夏となります。

連句会にうつって歌仙を巻くことになりましたのでこれからそちらで。

むらさきさん、連句はたのしいですよ!

 

大江月子   2011/06/16-06:45  No.[7112]
 
    瑛子さん、むらさきさん、おはようございます。

瑛子さんさらっと受け止めて下さってありがとう。

むらさきさん 連句の場では海紅先生が捌いて下さるので、安心ですし、連句がまかれている間の緊張感が、とてもすてきです。どうぞ、続けてご登場下さいね。 月子

 

  2011/06/16-15:59  No.[7118]
 
   
 

天野 さら   2011/06/16-16:22  No.[7120]
 
    海紅句抄には実に自由に書き込みをさせていただいています。時には書きすぎて反省をし、しばらく謹慎をしてはまた気を取り直して書くといった繰り返しです。今回の先生のお言葉には大変恐縮しています。喜んでくださって私も書き込み冥利に尽きます。また書いてみようという勇気を頂きました。ありがとう御座いました。
 

むらさき   2011/06/16-20:02  No.[7122]
 
    eikoさん 月子さん
連句へのご招待ありがとうございます(さらさん後戻りしてゴメンナサイ)。
お二人の論争は俳句の根本のテーマではないか?ーと、考えられ、この場に居合わせている自分を 幸せに思います。
海紅先生の「ギリシャの饗宴・・・」とおっしゃる意味が、だんだんわかってきたような気がします。

・仲秋の名月が完璧な月の姿なのでしょうが、月は年中 みられます。その時々に、とても風情のある様子をみ せてくれます。なので、月を秋の季語として独占する のは勿体ないように思うのですが・・。
・ニュアンスは少しちがいますが、こんな子規の句があ ります。

梅雨晴れ(夏)やひぐらし(漢字・秋)鳴くと書く日記

子規も季語で悩むことがあったのでしょうか?

海紅先生
この句には大変なパワーがありますね!
私はこの句のおかげで、沢山学べました。
本当にありがとうございます。
 

eiko yachimoto   2011/06/17-12:24  No.[7128]
 
    むらさきさん、きっと そうだったと思います。

あたたかき雨が降るなり枯れ葎

春近くなると,毎年思い出す子規の句です。

eiko

 



コメント投稿フォーム
「お名前」と「コメント」は入力必須です。

お名前
メールアドレス
コメント
文字色
パスワード     修正・削除に使用
    


コメントの編集・削除
コメントNo.と投稿時に入力したパスワードを入力し、処理を選択してください

No. Pass

はてなまん Ver0.611 by Tacky's Room