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 ■200705_01
 海紅   2007/05/02-16:40  No.[1652]
    弱きもの嫌ふにあらず武者飾る

久保寺勇造   2007/05/02-21:15  No.[1653]
 
     お子さんに「強いばかりが男ではない」などと言い聞かせながら五月人形を飾っているのでしょうか。
やさしい心の父親が目に浮かびます。人形も威厳を保ちながらも、何故か家族に似てきます。
 

市川千年   2007/05/08-11:11  No.[1655]
 
    取り合わせの句にはない、季語の確かな重量感。
最近、秋桜子の句を読む機会が多いのですが、素十より秋桜子の句には取り合わせの句が多いように感じています。その当時はインパクトがあり、新鮮だった二物衝撃が、時を経て薄らいでいる感があるように思います。
 

久保寺勇造   2007/05/08-22:01  No.[1656]
 
     
  「武士道の心を表す12の漢字」

 仁、義、礼、智、誠、孝、忠、廉、恥、勇、名、克。

 今朝の読売新聞に出ていました。
 

堀口希望   2007/05/08-22:42  No.[1657]
 
    勇造さんの鑑賞でよいと思います。あえて言えば、「嫌ふにあらず」という「否定の否定」のような措辞と述語三つ(嫌ふ・あらず・飾る)のせいで、やや理屈っぽい感じがしなくもないような気もしますが…いかがでしょうか。


 

市川千年   2007/05/09-10:44  No.[1660]
 
    希望さんご指摘の「否定の否定」が、何かを打ち伸ばしたるごとき(取り合わせでない句の良さを表現した、芭蕉の言葉ですが、すぐ思い出せません)句になりきれていないきらいがあるということでしょうか。「情」を日本刀の切れ味で表現する難しさ。
 

山房の海紅   2007/05/10-08:42  No.[1661]
 
    「発句はただ金(こがね)を打ち延べたる様に作すべし」(芭蕉・去来『旅寝論』)かな?
 

市川千年   2007/05/10-10:34  No.[1662]
 
    恐縮です。どうも有難うございました。
 

山房の海紅   2007/05/12-10:45  No.[1666]
 
    〈ほ句は物を合はすれば出来〉(芭蕉・去来抄)するが、その道は奇矯に陥り安易に流れる危険性を孕んでいる。だから、〈ホ句は頭よりすらすらと謂ひくだし来たるを上品とす〉(同)という志を忘れてはならない。〈発句はただ金(こがね)を打ち延べたる様に作すべし〉(芭蕉・去来『旅寝論』)、つまり発句の本当に秀れたものは取り合わせの句にはなく、一物仕立てに多い。但し一物仕立てにすれば黄金(のような句)が出来るということではない。秀れた句は意図してできるものではない。偶然に生まれるものなのだ。

 芭蕉はたぶん、こんなことを言っているのだと思います。
 



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